暗い書物庫。幸い昼のため、高い窓からの陽の光がこぼれる。それを明りに敬忠と瞬の二人は捜索を行う。
『義公』光圀公の残したラーメンのレシピの記録を。埃はあまりない。蜘蛛の巣も見当たらない。よっぽどきちんと管理しているようだ。そもそも水戸光圀という人物自身が記録の大切さに着目し、『大日本史』なる本を編纂させてくらいだ。その家臣も末代に至るまで良き薫陶を受けているようである。
「......」
無言で本を探す敬忠。この時代の人間なら日記とは言わずも、何かしら日々の生活についての所感をまとめたものがあるはずである。もしくは没後、水戸藩のものが藩主の遺功をたたえるために日々のことをまとめる可能性も―――
一刻ほどたったころだろうが、瞬があっ!、と声を上げる。一冊の本を開きながら敬忠のほうに駆け寄り、その本を開いて見せる。
絵が―――そこには描かれていた。そして、何やら本草に関する記事。さらには中国、明の学者らしき似せ絵も。
その日のうちに、二人は江戸へ戻ることとなる。
「収穫ですね」
水戸から帰った次の日の夜、厨房に二人は立っていた。厨房の流しの上には帰路の旅路で手に入れた肉と、江戸の市場で手に入れた野菜が広げられている。
「豚肉が手に入ったのは重畳なことだ」
帰路の松戸の宿で顔見知りの宿を通じて地元の農民から手に入れた豚肉。江戸ではまず手に入らない貴重品である。綱吉の世であれば、現代の麻薬のような禁制品であったろう。しかも腐敗を防ぐ意味で塩漬けし、干していたものを手に入れることができた。
「かなり質は落ちますが、光圀公がこの記録に記した『金華火腿』、つまり中華料理で使われる金華ハムみたいな感じですね。生肉ももらってきたのでそれを塩漬けにしてより本格的に作ろうとは思ってますが、今日はこれで」
瞬の説明にうん、と敬忠は頷く。滅亡する明より来日した儒学者朱舜水。水戸光圀のもとに身を寄せると、学問のみならず中国の食文化も好奇心旺盛な光圀に伝える。その一つがこのハムであった。
「これを煮ることによってスープのベースができます。いわゆる上湯ですね。グルタミン酸とイノシン酸の濃縮なので、すごい旨味でしょうね。中華料理ではそれ以外にも高級な乾物を使ったりもしますが―――」
「瞬殿は、中華料理にも詳しいのか―――?」
「以前も申しました通り、”ラーメン”以外はほぼ―――できるかと。イタリアンでもフレンチでも。”ラーメン”はかなり独自な料理ですので」
どうも瞬の”できる”というレベルはかなり高いもののようだった。
「併せて椎茸の乾物で出汁をとります。これでグアニル酸も完璧、っと。私の手製の調味料もこれならいらない感じですね......でも、もう一つ大事なことが」
そっと布の包みを取り出す瞬。
その中には”ラーメン”のスープと並んで大事な要素であるーーー麺が包まれていた。