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第23話 中華の拉麺

 向かい合う二人。その間にはもう一つ膳が供えられ、その上には五枚の皿がのっていた。

 二人の膳の上には普段はあまり使わないような大きな陶器の椀。そこからは白い煙が立ち上り、香りを部屋に満たしていた。

「具は豚肉を醤油で煮付けたもの。青物として小松菜をのせてみました。椎茸も。ほぼレシピ通りです」

 敬忠と瞬の二人きりのときにはもう、カタカナの用語は通常のものとなっていた。この江戸では誰も知らない未来の言葉。もっとも”天ぷら”もポルトガル語が語源ともされているが―――すべて文化はそうなのかもしれない。未知の世界にルーツが存在する。二人の目の前にある”ラーメン”もまさにそういう代物であった。

「記録によると―――この薬味、『五辛』を混ぜて食べるようですね」

「まあ、とりあえず基本の味を確かめてみようか」

 箸をとり、合掌する敬忠。

 そっと、麺をたぐる。

 そのあとは―――流れるように口から喉に感じる麺の感覚。舌だけではなく、口の中全体にスープの旨味が広がっていく。

「......!!」

 無言、そしてため息が漏れる。それを見届けて、瞬も上品に麺を口に運ぶ。

「これは......」

 うん、と敬忠が瞬の声に合わせて頷く。

「間違いない。”ラーメン”だ。スープの旨味、麺の喉越し。申し分ない。ただ―――」

「そうですね。これは日本の”ラーメン”とはちょっと違いますね。これは中華料理の”拉面”というべきでしょうね」

 そっと薬味の皿を手に取り、それを敬忠のほうに渡す瞬。敬忠はそれを受け取り、椀の中にそっと投入する。何度か箸で中身をかき回し、また麺を手繰る。

「うまい」

 素直な感想。先程までの味とは異なり、重層的な風味が口の中に広がる。「五辛」とはネギ、ニラ、ニンニク、生姜、らっきょうを刻んだ薬味である。

「まさにほんとうの意味での『薬味』ですね。中華料理は医食同源、そういった意味でもこれは中華料理と呼ぶべきものでしょうか―――」

 二人はあっという間に椀を空にする。スープもまた。久しぶりに”ラーメン”を満喫した感覚。

「うまい。本当に」

 しかし、感じる違和感。

「もし、”令和”の世でこの『義公』の”ラーメン”を売り出そうとしたらこのままの形になるかな?」

 瞬は首を振る。最もな意見。シンプルで美味しくはあるが、多分一度食べれば十分という味であろう。

「スープの味があまりに平坦だ。本場の金華火腿を使えばより深いスープを作れるのだろうが―――この江戸ではなかなかそれを手に入れるのも難しい」

「敬忠様は、”普段使い”の”ラーメン”を目指しているのですね」

 瞬のその言葉を咀嚼する敬忠。

 なぜ自分がこれほどまでに”ラーメン”に固執するのか。それを敬忠はゆっくりと自分の中で振り返るのだった―――

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