向かい合う二人。その間にはもう一つ膳が供えられ、その上には五枚の皿がのっていた。
二人の膳の上には普段はあまり使わないような大きな陶器の椀。そこからは白い煙が立ち上り、香りを部屋に満たしていた。
「具は豚肉を醤油で煮付けたもの。青物として小松菜をのせてみました。椎茸も。ほぼレシピ通りです」
敬忠と瞬の二人きりのときにはもう、カタカナの用語は通常のものとなっていた。この江戸では誰も知らない未来の言葉。もっとも”天ぷら”もポルトガル語が語源ともされているが―――すべて文化はそうなのかもしれない。未知の世界にルーツが存在する。二人の目の前にある”ラーメン”もまさにそういう代物であった。
「記録によると―――この薬味、『五辛』を混ぜて食べるようですね」
「まあ、とりあえず基本の味を確かめてみようか」
箸をとり、合掌する敬忠。
そっと、麺をたぐる。
そのあとは―――流れるように口から喉に感じる麺の感覚。舌だけではなく、口の中全体にスープの旨味が広がっていく。
「......!!」
無言、そしてため息が漏れる。それを見届けて、瞬も上品に麺を口に運ぶ。
「これは......」
うん、と敬忠が瞬の声に合わせて頷く。
「間違いない。”ラーメン”だ。スープの旨味、麺の喉越し。申し分ない。ただ―――」
「そうですね。これは日本の”ラーメン”とはちょっと違いますね。これは中華料理の”拉面”というべきでしょうね」
そっと薬味の皿を手に取り、それを敬忠のほうに渡す瞬。敬忠はそれを受け取り、椀の中にそっと投入する。何度か箸で中身をかき回し、また麺を手繰る。
「うまい」
素直な感想。先程までの味とは異なり、重層的な風味が口の中に広がる。「五辛」とはネギ、ニラ、ニンニク、生姜、らっきょうを刻んだ薬味である。
「まさにほんとうの意味での『薬味』ですね。中華料理は医食同源、そういった意味でもこれは中華料理と呼ぶべきものでしょうか―――」
二人はあっという間に椀を空にする。スープもまた。久しぶりに”ラーメン”を満喫した感覚。
「うまい。本当に」
しかし、感じる違和感。
「もし、”令和”の世でこの『義公』の”ラーメン”を売り出そうとしたらこのままの形になるかな?」
瞬は首を振る。最もな意見。シンプルで美味しくはあるが、多分一度食べれば十分という味であろう。
「スープの味があまりに平坦だ。本場の金華火腿を使えばより深いスープを作れるのだろうが―――この江戸ではなかなかそれを手に入れるのも難しい」
「敬忠様は、”普段使い”の”ラーメン”を目指しているのですね」
瞬のその言葉を咀嚼する敬忠。
なぜ自分がこれほどまでに”ラーメン”に固執するのか。それを敬忠はゆっくりと自分の中で振り返るのだった―――