「そろそろ、打ち明けてもいい頃合いと思う」
箸を置き、ゆっくりと話し始める敬忠。
「”令和”の世、私は一介の―――いや難しい言いまわしはやめよう。まあ、平凡なサラリーマンだった。最も正社員と派遣の中間くらいの待遇だったが。性別も今とは違う」
敬忠の告白に瞬はただじっと敬忠を見つめる。
「結婚もしていなかった。ああ、それは今も同じか。最もこの世のように死別したわけではなく、ただ未婚であったのだが」
死別、という言葉に瞬は反応する。再び聞く敬忠の過去の話。そしてさらに未来の”令和”のことも。
「家族もなく、まあダラダラとアニメを見たり、スマホでゲームをしたり―――そんな中で唯一熱中していたのが”ラーメン”であった」
じっと敬忠の顔を見つめる瞬。敬忠は更に続ける。
「食べ歩きだね。東京だけではなく、千葉や埼玉、東北や北海道にも貴重な休みを使って行ったこともあったね。まあ、ほとんど毎日食べていたかな。それがあの”令和”の世界の『死因』かもしれないけど」
敬忠の告白。そして『死因』という言葉に瞬が反応する。敬忠はそっとそんな瞬の前に”ノート”を差し出した。
「どうもSNSとかは嫌いで。この”ノート”に色々感想とか食べログ的なことが書いてある」
その”ノート”を瞬はそっと手に取る。
「見てもよろしいのですか?」
「是非もない。雑多な内容で申し訳ないが、少しでもなにかの参考になれば幸いだ。もう今の私には不必要なものであるしな」
言葉遣いが戻る敬忠。それもそのはず。この世界では引退したとはいえ親藩の元重役であるのだから。”ノート”を両手でぎゅっと抱きしめながら瞬は応える。
「私も―――”令和”の世界で『死』を経験したようです。多分。そしてその”令和”では食にまつわることを生業としていました。敬忠様がすべてを告白してくださったのに、今の私はそこまでしか言えません。もう少しお待ちいただければ―――私ももっと記憶が戻るかと」
ゆっくりと敬忠は首を振る。
「それは、気にせずともよい―――瞬殿のおかげでこの江戸で”ラーメン”を食べることができた。あとはこれを足がかりにして私の求める”ラーメン”、”令和のラーメン”を作ることに向かって頑張りたいものだ。それがあの世界とこの世を繋ぐよすがとなるのだろうから」
すっと立ち上がる敬忠。部屋の障子をすっと開ける。初夏の夜は遅い。夕方の西日が部屋にさす。
その光は初めて二人が作った『義公』のラーメンを照らすうように―――