人間は、優しい言葉で自分を飾るもの、綺麗な仮面で本心を隠すもの。
物心がついた時から、あの修道院にいた。
魔女の呪いの記憶はあの修道院での記憶と一緒に始まったもの。
私のような修道院に引き取られた女の子は十数人いた。
その修道院はそれほど「聖潔」なところではなかった。
シスターたちはお互いに微笑みを見せながらも、こっそり同僚の悪口をばら撒いた。
子供たちの世話にもううんざりしたのに、あなたたちを我が子のように愛していると語っていた。
そして、毎日も女の子たちに優しさと純真さの意味を教えていた。
たまに裕福層の人が来る。
その時の、「一番美しい心を持つ女の子」を養子に引き取る。
養子になった女の子たちは、みんな、幸せに暮らしていると言われていた。
私の「異常」に気付いた当初、シスターたちは私を諦めなかった。
「許し」の意味や、美しい宗教童話を聞かせて、彼女たちの「神」の存在を私に教え続けていた。
でも、呪いの発作に連れて、やがて私が救えられないものだと分かった。
体も心も、彼女たちの「神」の使いにならない。
ほかの子供を汚させないように、私は祈祷室という名の廃屋に送られ、廃院に隔離された。
最初は寂しかったけど、すぐに自由というものの甘味を知った。
もう偽りの美しい童話を聞かなくていい、忌まわしさと哀れみが混じる眼差しに触れなくていい。
その時から、
あの場所を離れなければならない、自分の手と足で、自分の居場所を見つけなければならないことを知った。
でも、修道院を離れる日は思いもよらない形で訪れた……
***
檻を出ると、私たち三人は速やかに貨物の後ろに隠れた。
この倉庫は暗い。檻のある壁側に数個の薄い光のランプしかついていない。
ゆらゆらの火の光を借りて、ほかの檻を覗いた。
さっきの騒ぎで外の状況を探ろうとする人がいる。中年紳士は私たちの檻から出て、隣の檻にいる人たちに事情を説明し始めた。
納得を待つ時間はなく、倉庫に海賊がいないと確認したら、私たちは動き出した。
不思議に、藍の足取りは私よりも軽い。やはり彼の言ったように、体術に長けているのか。
アルビンは眉をひそめて私のすぐ隣についている。
彼が時々投げてくる意味不明な目線を全部無視した。
「扉の外に二人がいます」
耳を錆び付いた扉に当てて、藍はそう言った。
「お二人、少し下がってください」
私とアルビンが何歩を避けると、藍は厚い扉を何回か蹴った。
「なんのこと?」
「脱走か?!」
さっそく扉が開けられて、二人の海賊は様子見に入ってきた。
藍は真正面から海賊たちを迎え、驚いた二人に優しい微笑みをかける同時に、両手の手刀でふたりの頸元を強く打った。
叫びを出す暇もなく、海賊たちはパタンと床に倒れ込んだ。
藍は海賊の腰ベルトから鍵を探り出して、檻から出ていた中年紳士に渡した。
それから雑物の中からロープを拾って、気絶した海賊たちをぎっしり縛った。
さらに、海賊たちの靴を履き主の口に詰めて、海賊のボロ汚い服で奴らの頭を巻いた。
最後に、海賊を高い貨物の山の中に放り込んで、ただ一本の狭い抜け道に貨物をいっぱい詰めた。
身を翻す際に、どこから拾った数本の釘を中に投げた。
テキパキ、効率的……
「どうかしましたか?」
ぼうっとして見ていたら、藍は目を瞬いて私に聞いた。
「いいえ、なんでもないです。はやく行きましょう」
この人、繊細な外見と相応しくない強い力を持っている。
そして、荷物整理の腕がすごいらしい……
「……お前」
倉庫を出てまもなく、後ろのアルビンから声をかけられた。
「どこから来た?」
「サン・サイド島。皆も大体そうでしょ」
振り向かずに適当に答えた。
先頭を歩く藍に続いて、周りの景色と物音に集中する
今の場所はまだ海賊船の下部でしょう。
廊下が薄暗く、海賊もいないようだ。
「その前は?マルチンドに行ったことはあるのか?」
「失礼ですが、そのマルチンドというのはどこの町かしら」
「とぼけるな、お前の名前はフィルナ・モンドなんかじゃない、ルナ・マーズだろ」
アルビンは焦ってきた。
その適当な偽名を使って受けたあの仕事はもう終わった。
振り返る必要がない。
でもこんなところで大声を出されるのが困るから、とりあえず話のペースをゆっくりして、アルビンの熱さを下げようとした。
「ああ、思い出しました。マルチンドというのは、エリザ王国の辺境にある小さな町ですね。どこかでそのあたりの面白い噂を聞いたことがあります。とある貴公子は、狩猟の時に暴れ馬に飛ばされて、崖の下に落ちました。命を拾ったけど、目が見えなくなって、喉も話せなくなって、危うく継承権を失ったそうです。マルチンドで療養する間に、運が悪く、また強盗に遭って、危うく殺さるところでした。警察が調べた結果、馬の件も盗賊の件も、彼の親族が仕掛けたものでした。本当に、かわいそうなお坊ちゃまですね。体はちゃんと治せるといいけど」
「お前……やはり、お前だろ、ルナ・マーズ!」
アルビンは怒鳴った。
開き直しは逆効果のようだ……
「噂一つでご機嫌を損ないましたか?申し訳ありません」
「ごまかすな!俺は忘れない!お前の声、ホールでお前は声を聞いた瞬間、俺は知ったんだ!」
「お取り込み中すみません」
藍は足を止めて、私とアルビンに振り返った。
「お二人の間で何があったのか存じませんが、話し合うのなら、今の危機を解決してからしていただけないでしょうか」
「黙っていろ。お前に関係ないことだ」
鼻から煙でも吹き出そうなアルビンと正反対、藍は優しい声と穏やかな微笑みで話を返した。
「確かに、今のところ、わたしと関係ないかもしれません。でも万が一、トラブルを招いて、そのせいでうちのお嬢様に会えなくなったら、初めて関係があると言っても遅いです」
「下僕にして随分生意気だな、カルロス家はどんなしつけをしたんだ」
「カルロス公爵様も姫様も寛大なお方です。陳腐なしつけをされたことがありません」
「お前ッ!」
アルビンは尻尾が踏まれた猫のように切れて、藍の胸倉を掴んだが、藍はただ気軽そうに人差し指を口の前にかざして、ゆっくりと続けた。
「うちのお嬢様に会えるチャンスは目の前にあるから、とりあえず、協力していただけませんか?」
「!」
藍の視線は横に向けた。
二十歩先くらいの狭い廊下に、一筋の光が半開の扉から漏れている。
「その部屋ですか?」
部屋に人の気配があると気づいて、私は声をさらに低くした。
「そうです。妙な音を聞いたので、倉庫を出てからこの辺に向かったのです」
倉庫を出てから?
まさか……
倉庫を出てから少なくても5分以上歩いた。こんな詰め詰めの狭い船室の中、あんな距離であそこの部屋の音を聞いたというの?
ネズミに近づける猫のように足取りを軽くして、私たち三人は半開の扉の前まで来て、部屋の中を覗いた。
部屋の中に三人の海賊がいる。
二人の雑魚と海泥隊長。
よく見たら、二人の海賊の足元に、もう一人が倒れているようだ。
海泥は苦しそうな顔でベッドで腹ばいになって、お尻に手を当てて喚いている。
「いてぇてぇ~……」
「隊長、だめだ、殴っても起きねぇ」
「水も何樽かけたけど、指一つも動かねぇんだ」
雑魚の報告を聞いた海泥は喚きを止めて、必死に叫んだ。
「ちくしょうぉぉ、このフラカスめ!絶対殺してやる!」
あの探偵少年のことか……運の悪さに関して、私といい勝負になるかもしれない。
「鞭、鉄棒、刀!あるものを全部出せ!俺様はこの手で…」
海泥は怒りに興奮する最中に、藍は扉をノックして、静かに部屋に入った。
「失礼ですが、ちょっと道を伺いたいと思います」
「……」
「……!?」
海賊たちが状況を理解するまで五秒もかかった。
藍にとって十分活躍できる時間だ。
彼は雑魚の間に飛び込んで、手刀で人を気絶させる技を再披露した。
続いて入ったアルビンはその機に乗って、呆気に取られた海泥の頸に短剣をかけた。
「命が惜しくないなら、叫んでもいい」
脅迫を言い出したのは私のほうだ――
ブリストンの若旦那はただ目を大きく開いて海泥を睨みつけ、役に立つ言葉を一つも絞れなかったから。
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