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第五幕 悪党対悪魔

22 僕の「あれ」

「どうしてここに?!」

思わず声をあげた。

彼は必ず何かをすると思ったけど、堂々と船長室にいるのはさすが思いにもよらなかった。

「しばらくですね、お嬢さん」

微笑みを顔に、ウィルフリードは私に近づいてくる。

本当の身分は海賊だとか、実は船長だとか、ベタロマンスみたいな展開を言ったら、この場でその顔を殴ってやる。

「無事でよかったです」

「ここで何をしているの?」

とりあえず、彼を問い詰める。

「何を?」

ウィルフリードは少し首を傾けて、何かを悟ったように目が光った。

「ああ、そういうことですね。ご心配なく。僕は客船に潜入した海賊ではなく、まして海賊船長でもありません。貴女たちと同じ、普通の乗客です」

「普通」の定義がおかしいじゃない……

「ここにいるのは、ただあの方と――」

ウィルフリードは後ろの黒影に振り向いた。

「世間話をするためです」

あの人――?

再びあの黒い影に目を向けたら、ちょっと驚いた。

さっきまで黒影のように見える男は、今は――

「普通の、人間?」

「嫌だな、お嬢ちゃん、海賊だって普通の人間だぞ。ほら、余分の頭も尻尾もないんだ」

戯れの口調、人間の声で返事した……

「あなたは、船長なの?」

「あたりまえじゃん、ここ、船長室だぞ」

船長はへらへらと笑った。

思ったより若い青年。

半分の顔を覆う短い髭に、お酒の痕がまだ残っている。服装が乱れていて、だらしない様子。

声と目で判断すると、年はカンナとあまり変わらない。

さっきの黒い影はただの錯覚なの?

「お嬢ちゃんは青石をくれる人?」

観察の途中、船長はいきなり血管の浮き出る手を私の顔に伸ばした。

「違います」

船長より早く、ウィルフリードは私の前に移動して、私の代わりに船長と対面になった。

「こちらのお嬢さんは、僕の――『あれ』です」

あれ……?

!!

「あれ」の意味を悟った途端に、拳を飛ばす衝動が胸を走った。

「誰があんたの……」


「『あれ』って……?」

姫様はその言葉の意味がわからないように、首を傾げた。

「なるほど。モンドお嬢様とあのお方との関係について、全然気づきませんでした。お嬢様、客船でわたしたちは余計なことをしたのかもしれません」

藍は一度私の方を見てから姫様に返事をした。

「えっ、どういうこと……?」

「よく考えてみてください。ヒーローはヒロインを助けるのは物語の定番です。本来なら、あのお方はモンドお嬢様を助けて、ブリストン様と口論でも決闘でもして、見せ場を独占するはずです。そして、そのような出来事によって、二人の関係は進展します。ですが、お嬢様の介入で、そのような進展がなくなりました。モンドお嬢様の体調が崩れた時も、わたしたちは彼女を無理矢理に部屋に引き止めたせいで、進展するチャンスがなくなりました。結局、『あれ』という中途半端な関係になってしまいました」

わけが分からない……どこの空想話……それでなんの説明になるの……

「な、なるほど!そういうことですね!」

でも、姫様はピンときたように、目を光らせた……

「申し訳ありません。わたくしの勝手な行動で、お二人の関係を『あれ』に止まらせてしまいました。お詫びいたします」

「……」

姫様は慌てて私に謝った。

ウィルフリードを殴る衝動を必死に抑えているのに、事情をこれ以上ややこしくしないでくれる……?

「ちょっと、彼女は『あれ』か『これ』かの話をする場合じゃないでしょ?」

カンナは藍の訳の分からない話に構わず、不機嫌そうに人差し指で船長の肩を突いた。

「まだよっぱらってんの?あんな素性の知らない女に手を出すんじゃねぇよ」

「でも~青石と共に、『あれ』をもらっても悪くないと思うよ、カンナ姉さん」

「……」

誰のことを話していると思っているのよ、クソ海賊ども……

ウィルフリードのために用意した拳は、海賊の顔にも分けたくなった。


「ロード、このお嬢さんと二人きりで話したいから、ちょっと失礼します」

ウィルフリードは私が投げた痛い目線を見ないふりして、船長に話した。

「どうぞ、俺が欲しいのは青石だけだ」

そう言った船長――ロードは、目線先を姫様と藍に向けた。

鋭く、危険で、欲深い目だ。

カンナは両腕を抱え、唇を噤んでロードを見つめている。

「わたしの後ろへ、お嬢様」

藍は小さく震えた姫様を後ろに隠した。

「青石の件が終わったら、また一緒に話そうぜ、ウィル先生」

ロードは一度振り返って、にっこりとウィルフリードに笑った。

……ウィル先生?

いつの間にか海賊船長に先生と呼ばれる身分になったの?

「では、行きましょう」

淡い微笑みを口元に、ウィルフリード私に手を伸ばした。

「どこへ?」

「もちろん、ほかの人のいないところへ。言ったでしょう。二人きりで話をしたい」

「私は話したくない。ここに残るわ」

そう言ったら、ウィルフリードは身を屈め、私の耳元で囁いた。

「何を心配しているの?姫様、それとも青石?」

!?

「オレは保証する。あなたの欲しいものはここにない」

「おい」

いきなり、カンナの声が割り込んだ。

「ロードと何を話した?」

海賊姉貴は真剣そうにウィルフリードに問を掛けた。

「別に、世界各地の見聞を聞かせただけです」

カンナはへらへらと姫様に自己紹介をしているロードのほうを覗いた。

「でも、彼の様子は随分落ち着いたみたい……」

「言ったでしょ。僕は『催眠術』で彼の『狂気』を抑えられます。しばらくの間だけど」

ウィルフリードの手に一点の光がきらめいて、彼はそれをカンナに見せた。

光ったものは一つのペンダント。

「!」

金色の、百合……!?

「どうしてあんたはそれを……!?」

言葉は頭を通らずに口から走った。

「僕のものですから。どうしましたか」

淡々とした口調で彼は聞き返した。

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