「お嬢様――!」
「藍!?」
駆けつけたその人の姿を見たら、目を疑った。
姫様と合流した藍は、姫様と一緒に迎えの馬車に乗ったはず。
「お嬢さん、前の占いは、まだ最後の一言が残っているよ」
「!」
サッと、占い師の女は私の額に指さした。
すると、釘づかれたように動けなくなった。
女は目を閉じて、呪文を唱えるように言葉を紡ぐ。
「暗闇を歩み続け、光のあるところに辿り着けないかもしれない、そんなあなたに残された唯一の道……いいえ、そんなあなたはーー闇を照らす力がある」
!?
「じゃ、これで仕事完了~最後の一言を言えなくて、ずっともやもやしてたわ~」
女は意味の分からない言葉を残して、私に聞き返される前に逃げるように走り去った。
闇を照らす力……
私が……?
「ここにいましたね」
占い師の代わりに目の前に来たのは、礼儀正しく微笑んでいる藍だ。
「まだ何か用がありますか?」
「船で言ったでしょ――青石をお嬢様に任せる件です」
!?
「あの時、青石のことを考えていただきたいと頼んだけど、いかがですか?」
あれは口任せの冗談じゃなったの?
とにかく、もう少し詳しく聞いてみる。
「いきなりそう言われても……何か理由でもありますか?」
「いきなり、ですか?」
藍の笑顔に、少しずるい感じのものに変わった。
「青石目当てに船に乗ったのではありませんか?盗賊の『三日月』さん」
!
心臓が小さく跳んだ。
「盗賊の三日月?なんのことですか?」
心臓の鼓動を抑えて、冷静に聞き返した。
「ご自分でそう名乗ったのではありませんか?」
確かに、姫様が人質にされた時、私はケンに自分のことを「盗賊の三日月」と名乗った。
「まさか、あの時の話を本当に信じていたの……」
「あの時の言葉は姫様を救うための嘘ーー普通なら、誰でもそう思うでしょう。でも、お嬢様は嘘をついていませんでした」
藍は私の言葉を遮って、自己流の分析を続けた。
「船長が発表した犯罪者リストの中に、三日月の名前はありませんでした。嘘をつくなら、リストにある名前を使ったほうがより説得力があるでしょ。お嬢様は三日月の名前を使った理由は、緊急事態のせいで深く考える余裕がなく、つい本当の『名前』を使ってしまったーーという可能性が高いです」
「サン・サイド島で、三日月の噂を聞いたこともあります。騒ぎで人々の心を波乱するのが得意そうです。あの犯罪者リストも、青石を手にするためのカモフラージュでしょう。お嬢様の演技、腕、メンタル、どれも三日月の名にふさわしいと思います」
「お嬢様は青石が欲しいと気付いたのは、客船でお嬢様が海賊に捕らえられた時——命にかかわっているのに、青石を渡してはいけないように姫様を説得しました。青石のことときたら、冷静沈着なお嬢様は格別に積極的になります。海賊船で、姫様の代わりに人質になるまで頑張りました」
「……それはどうしたの?」
そこまで観察されたら、否定しても意味がない。
彼の言ったことはほぼ真実。
「三日月」、それは私のもう一つの名前。
ウィルフリードはなぜあのリストのことを認めたか分からないけど、それは私が出したものだった。
でも一つだけ、藍の言ったことと違う。
別に青石目当てではなかった。
「魔女の呪い」を治療する方法を求めて、伝説中のお宝物や秘術を探し続けている私は、あらゆる可能性のあるものを試したかった。
サン・サイド島でどんな病も治癒できる奇跡があると聞いて、そこに駆けつけた。
情報を収集して、カルロス家の「秘宝」のことまで辿り着いたけど、その屋敷を調べる前に、姫様が秘宝を持って大陸に帰ることを知った。
慌ててあの客船まで追いかけたら、昨日の有様だった……
結局、病を治癒できるのは青石ではなく、姫様の能力――「天使の聖跡」だった。しかも、その天使の聖跡は魔女の呪いに全く効かなかった。
「結局、私は何もしませんでした。通報しても証拠がありませんよ」
藍はそんなことのために来たのではないと分かっていても、思わず警戒な言い方を取った。
「通報だなんて、とんでもないです。ここに来たのは、お嬢様に質問したいだけです」
藍は片手を自分の胸に当てて、ゆっくり、はっきりと続けた。
「わたしはあなたの正体に気付いたように、あなたも気づいたのでしょうーー青石はここにあります。どうして何もしなかったのですか?」
藍の言い方は曖昧。
私が「気付いたあのこと」は正しいかどうか、まだ断言できない。
けど、青石はもうどうでもいい。
「……私が必要なのは青石ではなく、魔女の呪いを解けるものですから」
淡々と返事をした。
「本当に、それだけですか?わたしから見たあなたは、力が必要です。自分の無力さを憎んでいるのではありませんか?その目を見れば分かります。強くなりたいと、必死に訴えている目です」
藍の笑顔も言葉も、刺々しい。
これこそ、優しくて、神秘な仮面を被っている彼の本当の姿なのか……?
「まさか、姫様の天使のような優しさに感化され、不正な手段を諦めて、苦しみを耐える道を選んだのですか?」
「バカなことを言わないで、私は……」
青石に関して、私はもうどうでもいい。
でも、姫様にとって、「それ」は何よりも大事なものだと分かった。
そのうえに、私は姫様より「力」を持つ資格がない……
「やはり、姫様に気にしていますねーーおかしいです」
!!
目を逸らそうとしたら、いきなり顎が掴まれて、強制的に藍の目線に向かせた。
「契約に相応しい美しい目を持っているのに、その劣等感はどこからのものですか?」
心の警戒線が踏まれて、反射的に藍の手を打ち払った。
「あなたと関係ない話よ。青石なんか欲しくないから、ここでさよならだ」
身を翻して足を踏み出した。
「嘘つき」
藍は一歩早く、私の左腕に巻いたハンカチーを引き剝がした。
破られた袖の下、手頸の裏にある「印」が光に晒された。
真っ黒で、三日月が王冠を囲む図形で構成された丸い印だ。
藍はわたしの左腕を持ちあげて、宣言した。
「これこそ、青石の本当の契約者の印です」