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36 勝手すぎな「修羅場」

そう言って、藍は自分の襟元を引き下ろした。

彼の鎖骨の真っ下に、同じような印がある。

「本当の契約者は目の前にいるのに、知らないとでも思っていますか?他人はどう思っていても、『青石』である『わたし』は、自分の契約者を選ぶ権力があります」

やはりそうなのか。

なんとなく気付いた。

この藍という「人」こそが秘宝「青石」そのもの。

やっと彼の口でその答えを確かめた。

謎が解けた安堵感のおかげか、その瞳を冷静に見つめるようになった。

「やはり気づいたのですね」

藍は軽く笑った。

「そう……」

藍は青石そのもの――そうとなれば、彼の使用人としての「適当ではない」行動も説明できる。

姫様を放っといて海賊船に残ったのは、「青石」――彼自身が起こした「トラブル」を解決するためでしょう。


「でも、こうしてはっきり教えてくれなかったら、まだ信じられない。『秘宝青石』は石ではなく、人であること」

「正しく言えば、人ではありません。昔は確かに石でした」

「石の精霊ですか?」

「わたしたちの間で別の呼び方ががありますが、人間の知識範囲で理解すれば、それでいいでしょう」

藍は口元を少しあげた。

「数年前に、長い眠りから目覚めたわたしはカルロス公爵と契約を結びました。彼の娘――サラ姫が大陸に戻る前に、使用人として姫様を守ることを命じられました」

「カルロス公爵と契約を……?!」

契約者は予想外だった。

でも今から思い出せば、藍は姫様を「主人」で呼んだことが一度もなかった。

「そう、わたしの契約者は姫様ではなく、カルロス公爵でした。ついでに、生者契約でした」

どこか勝気になった藍は説明を続けた。

「本来なら、公爵様は契約を結ぶ資格はありませんでした。でも、あまりにも粘り強い方だったので、やむを得ず、条件付きで生者契約を提案しました。条件として、本物ものの契約者を見つければいつでも公爵家を離れられることを出しましたが、公爵様は快諾でした」

「でも、もしすぐ契約者を見つけたら、せっかく結んだ契約が意味なくなるのでは?」

「お嬢様はいつも察しがいいですね。確かに、寛大でありながらも公爵様は計算高いです。契約はわたしをサン・サイド島に行かせるための手段でした。人の少ない小島で、簡単に契約者を見つけられません。わたしが島にいる間、彼は青石の契約者を見つける可能性もあります。それに、公爵は『自信』があります」

「自信?」

「わたしは純粋で美しい姫様に惚れて、姫様の虜になると信じていらっしゃるようです」

……

はっ?!

仮にも一国の公爵、どこからその少女ロマンスのような発想が……

つっこみは表情に出たのか、藍は苦笑した。

「とにかく、公爵様は至死契約がなくてもわたしを止められるようにいろいろ工夫しました」

……発想はともかく、そんな遠いことまで計算済みの公爵は簡単に政敵に破られると思えない。やはり、藍の言ったように公爵は姫様と青石を使って、別の何かを企んでいるのか……

「でも、彼の計算が外れました。彼から与えられた使命が完了する時に、わたしは契約者の印を持つ人と出会いました」

「この印が、青石・あなたと契約を結ぶための印ですか?」


自分の左手首をもう一度見た。

この印は生まれつきのものではない。

あの悪夢の日の後、突然に現れたものだった。

ずっと自分の「罪の印」だと思っていた……

「わたしが知っている限り、青石の力が必要としない人は、決してその印が現れません。お望みは分かりませんが、少なくとも、魔女の呪いからお嬢様を守られます」

藍は私に契約を勧めているのでしょう。

でも、契約というものは、代償がある。

それに、「守る」ということについて、まだ気になるところがある。

「……アルビンに過去のことを話した時に、私に何かをしたの?」

海賊船で、呪いの発作と停止は、藍の話のタイミングに見事に合った。

「あれは、今後のために、そこで彼に打ち明けたほうがいいと思ったので、邪魔されないように、しばらくお嬢様への守りを『解除』しました。どうか、お許しを」

藍は誠実に認めた。

……ということは、あの前から彼は私を魔女の呪いから守り始めたのか。

ありがたいことだけど、その反面――呪い発生のタイミングを見計らえば、彼は私の行動をコントロールするのもできる。

そして、もう一つ……

「『守る』というのは、『解くこと』ではないですよね」

「残念ながら、わたしの力でその『呪い』を解けられません。前にも申し上げたように、あれはある種の攻撃です。こちら側から防御しかできません。でも、もしお嬢様はその攻撃の源を探すというなら、契約者としてお手伝い致します」

藍は契約への承諾を期待しているようだ。

「契約に条件がいるでしょう。私は何を出せばいい?本当の契約者ってどういう意味ですか?」

「そのお言葉は、契約に興味があると理解してもよろしいですか?」


「悪いけど、そこのお嬢さんは怪しい契約の犠牲者になりません」

「!」

後ろから聞き覚えのある声が響いた。

いつの間にか、あの人は私の後ろに立っていた。

朝の寒い空気の中で、暖かさを感じられる距離で。

「なるほど、伝説中の青石は本当に興味深いものですね。姫様を守る騎士にもなれるし、人に永遠不滅の力を与えられるし、『幽霊船』の幻まで作り出せる――一体どれほど不思議な力を持っているのですか」

ウィルフリードは興味津々な目で藍を見つめながら、私と藍の間に歩いた。

警備船の人の話によると、海賊船が彼たちの目の前で消えたそうだ。

その幽霊船の幻は藍の仕業なの?

「せっかくお嬢様とわたしはあの人の命を救ったのに、すぐ処刑されたらもったいないと思ったから、彼の死期を少し伸ばしてあげました」

微風で藍の黒髪が軽く揺れる。

その優しそうな微笑に鋭い光が潜んでいる。

「でも、お嬢様は姫様と違って、悪人に余計な優しさを持っていないのも分かっています。ご希望があれば、今度はお好きな形で彼らを処分してあげます」

「そんな悪趣味はないわ」

あっさりと断った。

微笑みの刃。

この時の藍の表情はまさにそのもの。

彼は本当に「青石」だったら、誰よりも長い年月を経て、誰よりも残酷な存在かも知れない。

「どうやら、僕の負けですね」

ウィルフリードは私に振り向いてため息をついた。

「青石の争奪戦に勝ったのは貴女、三日月です」

「……争奪するつもりはない。こうなるのも予想できなかった」

彼はどうして最初から私を三日月だと断言できたのか今も分からない。

考えられるのは、何か事前調査をしたのか、私のほうで何かボロがでたのか……

「もう否定しないですか?最初から素直に認めればよかったのに。でも本当にいい演技でした。僕としたことが危うく自分の判断を疑うところでした」

次の一秒、ウィルフリードは悪戯っぽい表情を見せた。

「まさか、嘘にすっかり慣れていて、自分自身まだ騙して、本当の身分を忘れたのですか?『良家の娘』か、よくそのイメージを作り上げましたね」

「……」

真面目でこいつのことをいろいろ考えた自分は馬鹿みたい。

「うちのお嬢様に失礼なことを言わないでください。まともな人間ではなくても、世の中に様々な生きる道があります。他人のプライベートに無闇に口を出すのは紳士のなさることではありません」

!?

藍は、何を言っている……誰が「うちのお嬢様」!?

何が「まともな人間ではなくても」!?

「それで人間を理解つもりですか?でも、僕は知っています。青石というものは人間を馬鹿にしていて、人間を見る目のない堅物です」

……その「見る目のない」堅物は、先ほど私を契約者に選ぶと言ったけど……

「厳しいお言葉ですが、契約を手に入れなかったことに対する逆恨みしか聞こえません。 わたしが選んだ契約者はまともな人間ではなくても、救いようのない大悪党であっても、ほかの誰かに指図されることではありません」

「まともな人間ではない」がもう一度、それに「救いようのない大悪党」が追加された……

「あんたたち……」

「むしろ手に入れなくてよかったと思いますよ。類は友を呼ぶ。関わったら面倒なことになりそうですし」

……

……

一晩中溜まっていたストレスをここで発散してもいいと思った……

今まで演技でも使ったことのないインチキな笑顔を被って、二人に一歩近づいた。

「お、ふ、た、り、とも、誰のことを好き勝手に言っているのですか……?」


港の片隅で小さな暴力事件があった。

幸い、その場所はわり隠蔽であり、人々に気付かれずに済んだ。

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