「タイセイさん!行きますよ!!」
完全にコボルトたちに気付かれた俺たちは、一気に走り出してコボルトへと向かう。
幸か不幸か、コボルトたちは逃げ出す素振りを見せることはない。
そして、距離が近づいてくると、月明かりでその姿が徐々に見えてきた。
俺が想像していた狼男とほぼ変わらないその姿。
全身を黒い体毛に覆われて、その顔は犬というよりも、やはり狼に近かった。
身長は170センチの俺と変わらないくらいだが、その長く突き出た口からは鋭い牙が顔を覗かせていた。
おそらく、その手にもヤバそうな爪があるんだろうね。
しかし、ここにきて逃げ出すわけにはいかない!!
俺は勇気を振り絞ってナイフを抜いた。
『【称号】ダービージョッキーの効果で全てのステータスが100%アップします』
は?へ?え?
これが大舞台?
判定ガバガバじゃね?
いや、今は不満は言うまい。これはラッキー。
明らかにそれまでとは力が全身に漲ってきているのを感じる。
すでにそれまでの恐怖心はどこにも無かった。
「俺が前に出る!!タマちゃんは後方から支援お願い!!」
今の俺なら、目の前のコボルトを倒すことは造作も無い。それが感覚で分かっていた。
しかし、万が一にも取り逃がすわけにはいかない。
その為に、【弓使い《アーチャー》】のタマちゃんにはサポートに回ってもらうのが一番だ。
「分かりました!!タイセイさんも気を付けて!!」
そう言ってタマちゃんは、今朝買ったばかりの新しい武器を構える。
鋼で出来た綺麗な刃渡りのロングソード。
違う、それじゃない。
何?その位置からそれを投げるつもりなの?
どうしても欲しいって言ってたから買うの止めなかったけどさ。
早く剣士とかに転職しようね。
「ガウゥ!!」
走ってくる俺にコボルトの1匹が向かってきた。
2足歩行が出来るくせに、走る時は4足走行なのか。
そのスピードは、これまで遭った魔物の中でもダントツに速い。
――が、こちらのスピードも今は2倍になっているので問題ない。
お互いの距離が一気につまってきたが、コボルトは速度を落とすことなく向かってくる。
俺は止まってナイフを構え、コボルトに対して迎撃態勢を取る。
残りが5メートル程となったところで、コボルトが地面を蹴って飛び掛かて来た。
大きく開いた口から見える牙。その両手にはやはり鋭く長い爪が生えていた。
どっちでくる?牙か?爪か?
どっちであっても、今の俺なら余裕で躱せるはずだ。
そして、カウンターで一撃を入れてやる!!
「タイセイさん!!気を付けて!!」
後ろからタマちゃんの声が飛んできた。
大丈夫だよ。コボルトの動きは暗闇でも十分に見えてるから。
だから――間違っても、その剣を投げてこないでね。後ろには気を付けられないから。
「ガアア!!」
空中で叫びながら向かってくるコボルト。
俺はその口と手に意識を集中して、どちらが来ても対応出来るように構えた。
――くるっ。
え?コボルトは突然、空中で身体を回転させた。
「へぶしっ!!」
左の頬を何かが直撃して、俺は体勢を崩してよろけた。
何?何が起きた!?
ダメージはほとんどない。防御力も2倍になっているおかげだろうか?
しかし、それ以上に、何が起きたのか分からないことで混乱していた。
「大丈夫ですか!?」
タマちゃんの声にはっと我に返ると、コボルトは俺に向かって威嚇するように唸り声を上げていた。
まずい!!いくら強さが2倍になっていても、見えない攻撃はどうしようもない。
他の3匹のコボルトも合流して、俺は4匹の見えない攻撃をしてくる敵と対峙することになった。
どうする!?見えない攻撃と牙に爪。
これはヤバい……。
「タイセイさん!!コボルトは回転して尻尾で攻撃してきます!」
尻尾かーい!!
それで回転したのか……。
いや、しかし――
「爪で攻撃してきたりしないの!?」
「長く鋭い爪は作物を刈り取るのに使う為です!!」
「大きな口と牙は!?」
「大きな口と牙は刈り取った作物を食べる為だよー!!」
赤ずきんか。
コボルトたちを見ると、4匹ともが尻尾をフリフリしながら威嚇してきていた。
俺は息をふうっと吐いて肩の力を抜くと、ゆっくりとコボルトたちへと歩き出した。
コボルトたちは威嚇を続けていたが――その間合いに入った瞬間に飛び掛かってきた。
俺はそのタイミングで一気に距離を詰めて、コボルトが回転をする前に、その無防備に晒されている腹にナイフを突き立てた。
「ギャン!!」
仲間の悲鳴に反応した2匹が同じように飛び掛かってきたので、俺はそのうちの1匹を同じように仕留め、尻尾が空振りして着地したもう1匹は、こちらを振り向こうとしたタイミングで、その首へとナイフと振り抜いた。
残りは1匹、と思った瞬間――その1匹は仲間がやられたことで逃走を図ろうと走り出していた。
まずい!!素早さが上がっているとはいえ、競争となれば簡単に追いつけるほどの速度差はなさそうだ。
それでも追いかけるしかないと、走り出した瞬間――
――ヒュン!!
どこかで聞いたような風切り音と共に、何かが俺の耳元を通り過ぎた。
「ギャン!!」
そして遠くで悲鳴を上げて倒れるコボルト。
そして俺の頬を僅かに流れる鮮血。
「やった!当たったー!!」
そんな喜びの声を上げるタマちゃんへと振り向くと――
その手に握られていたロングソードの姿は無かった……。
かくして――悪い狼さんは、猟師さんによって撃ち殺されたのでした。
めでたし、めでたし……。