「ようこそいらっしゃいました。私が村長のカオアールです」
俺たちを出迎えてくれたのは、THE・長老といった感じのお爺ちゃん。
ほとんど無くなった頭髪に、真っ白の長い髭。
少し背中の丸まった小柄のお爺ちゃん。
「遠いところをわざわざありがとうございます」
いや、近いし。
何なら毎日遊びに来ても良いよ?
「依頼書にもありますように、私たちの村は先月からコボルトの被害に遭っておりまして…。今のところ畑が荒らされる程度で済んでおりますが、もしも村の者に被害が出てはと思い、それで村人から寄付を募ってギルドに依頼をしたのです。しかし、なかなか引き受けてくれる方が見つかりませんでした…」
タマちゃんが言うように、こういう依頼はやはり人気が無いらしい。
「私たちでお役に立てれば良いんですけど」
「是非ともよろしくお願いいたします」
「それで――コボルトはどれくらいの数がいるんですか?出来れば、いつ頃現れるとかも分かれば教えてもらいたいんですが」
こういう会話は先輩冒険者のタマちゃんに丸投げするに限る。
ちょくちょくポンコツだけど、依頼をこなした経験はタマちゃんの方が全然多いからね。
ドブ掃除とかお使いとかだけど。
「コボルトの数は…詳しくは分からないのです。畑に残っていた足跡から数匹だとは思うのですが…。荒らされていた時間は全て夜中だと思います。それも毎日というわけではありませんので、次はいつ来るかは……」
「夜中、ですか…。タイセイさん、とりあえず今晩から張り込んでみることにしますか?」
「そうだね。いつ来るか分からないって事は、今晩来るかもしれないって事だし」
「じゃあ、村長さん。私たちは今晩から始めますので、それまでどこか部屋を貸していただくことは出来ますか?」
「はい、空いている家がございますので、そちらをお使いください」
そうして俺たちは村の外れにある空き家で夜を待つことになった。
ウラノ村のカオアール村長……ウラノカオアール……まさかね。
「ぐがー……すぴー……ぐがー……すぴー……」
夜に備えて昼寝をすると言ってベッドに転がったタマちゃんは、俺が椅子に座るまでもなく眠ってしまった。
貸してくれた家は、寝室が1部屋しかなく、ベッドも1つしかない。
あれ?俺はどこで仮眠を取れば……ああ――
しつれいしまーす。
そおっと、タマちゃんの隣に寝ようと近づいた俺は――
――ヒュン!!
目の前を高速で通り過ぎていったナイフによって阻まれた。
「ぐがー……すぴー……ぐがー……すぴー……」
え?まさか、寝ながら「気配察知」とか使ってる?
コボルト退治の前に深刻なダメージを受けるわけにはいかないので、俺は固い木の床に転がって眠ることにした。
『称号【へたれ】の獲得条件を満たし――』
「NO……」
そしてその日の夜。
辺りが真っ暗になって来たのを待って俺たちは外に出た。
小さな村だとはいっても、畑の広さはかなりの大きさだ。
田んぼのある区画とは分かれているだけありがたいのかも知れないが、月明かりしかない暗闇でコボルトと戦闘するのはかなり不安だった。
俺たちは畑のある場所の中心近くだろうと思うところに身体を伏せて、息を殺して張り込みを開始した。
「今晩来てくれたらありがたいんですけどね」
俺と同じように隣で身を伏せているタマちゃんが、出来る限り声を潜めてそう言った。
その意見には俺も大賛成だった。
最初は、多少日数がかかっても、俺自身はお金に余裕があるから良いやって気持ちだったけど、この張り込みってやつは地味に辛い。
「そうだね。俺の背中が大丈夫なうちに終わらせたいね…」
そして何より、これから毎日床の上で寝るというのは考えたくもなかった。
そんな俺の願いが届いたのか――
「……タイセイさん。来たみたいです」
張り込みを始めてから体感で約2時間――タマちゃんの気配察知に何かが反応した。
「左前方から畑に近づいてくる気配が4つ……初めて感じる気配なので、おそらくコボルトだと思います」
当然、俺にはまだ姿どころか、足音すら聞こえない。
「どうする?もう少し近づくのを待つ?」
俺にはコボルトまでの距離が分からないので、その判断はタマちゃんに任せる。
「そうですね……まだ距離がありますから、もう少し近づくか、コボルトたちが畑の作物を奪い始めるのを待った方が良いと思います」
こっちは2人。相手は4匹。
戦闘になったとしたら倒しきれるかと思うけど、早めに気付かれて逃げ出された場合は討ち漏らす可能性が高い。
そうしたらまた床のベッドが俺を待っている。
最悪の場合、コボルトが警戒して村を襲うのを止めた場合は、それを確認するまで滞在したあげくに、依頼失敗ということになる。
あくまでも依頼内容は、
融通利かねーな。
「タイセイさん、コボルトたちの動きが止まりました…。おそらく作物を取り出したのだと思います」
「距離は?」
「まだ結構ありますけど…どうします?」
「畑が荒らされてるのを黙って見てるわけにはいかないからね…。よし、そおっと近づこう」
俺たちはほふく前進で、音をたてないように近づいて行った。
徐々に緊張が高まってきたのか、心臓の音がうるさい。
相手はコボルト。俺たちでも大丈夫だとタマちゃんは言っていたけど、視界の悪い状況での初めての魔物との戦闘だと考えると、やはり不安は拭えなかった。
少しづつ近づくにつれて、嫌な汗が額から流れ落ちる。
何となく緩い雰囲気の世界で過ごしていたので忘れていたけど、これはゲームじゃなくて現実に起こっている事で、怪我をすれば痛いし、死んだらそれで終わりの世界だ。
もし、一匹と戦っている時に、背後からガブッとやられたら、場所によっては命を落とすかもしれない。
そんなことを考えていると、どんどんと恐怖心が沸き上がってきた。
「……タイセイさん?どうかしました?」
少し前を進んでいたタマちゃんが、俺の進みが落ちたことに気付いて声をかけてきた。
「……ちょっと緊張してるのかも」
俺のその一言で全て察したのか――
「……暗いし、相手の方が数が多いしで、そりゃ怖いですよね」
俺の気持ちを代弁してくれた。
「でも大丈夫ですよ。朝も言いましたけど――相手が4匹でも、私たちなら勝てます。それが例えこんな状況でもです」
タマちゃんは俺を励まそうと、小声でもはっきりとした口調で言い切った。
「ごめん、ちょっと弱気になってたみたい。うん、俺たちなら大丈夫。それに、相手が多い方が、倒した時にかっこいいしね」
俺はタマちゃんの言葉に勇気を貰ったのか、自然とそんな言葉が口から出ていた。
「そうです。駆け出しの私たちが村を救った英雄になれるんですよ。やってやりましょう」
「英雄……。それはかっこいいね。よし!英雄になるぞ!!」
「――あ」
「――あ」
「がうっ?」
コボルトさん、こんばんは。
今日は月が綺麗ですね。