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第46話 異世界金融道

 称号の発動条件の都合の良さに、どこかもやもやした気持ちを抱えたまま収穫祭の残り期間が少なくなっていく。


 ゾウアザラシを倒した事でタマちゃんの借金返済という目的は達成出来た。その余裕もあって、その後はあまり探索範囲を広げていなかった。今のところ上位ランクの冒険者たちがゾウアザラシ以上の魔物を討伐しているという話は聞かないので、それを理由にタマちゃんの奥地へ行って更に上位の魔物を倒したいという希望を押さえいた。

なのであれから新規に出遭った魔物はおらず、俺たちは主にDランク相当の魔物を討伐しながら、コツコツと素材と経験値を集める日々を続けていた。


 その間、数組のDランクの冒険者グループと遭遇したのだが、Eランクの俺たちがこの辺りにいることに皆同様に驚いていた。ゾウアザラシクラスの魔物には出会っていないけど、すでにランク的にはデッドゾーンに入り込んでいた様子。

 彼らは絶対にこれ以上奥には進まない方が良いとの忠告と、出来れば今すぐにでも引き返した方が良いとの言葉を残していった。


 みんな良い人だなあと思いました。


 これ以上進まない方が良いと言っていた理由は簡単。

 ここから先はいつÇランク、またはそれよりも上位の魔物と遭遇してもおかしくないかららしい。

 Eランクで、しかも2人パーティーの俺たち。他の人たちから見れば無謀な行動にしか見えないんだろう。

 そしてタマちゃんの猫獣人としての野生の勘も捨てたもんじゃないな。


 血の濃さは1%だけどね。


 ということは、まだ一度も出会っていないトリュフさんや、他のCランク以上の人たちはこの奥にいるんだろう。

 途中で倒した魔物の討伐部位をいちいち街に持ち帰ることをせず、ひたすらに少しでも格の高い魔物を探しているんだと思う。

 それが出来るだけの余裕のある人たちしかここから先に進んではいけない。

 しかし俺には――


「タマちゃん。収穫祭の期間は明後日の日暮れまでだから、今更だけど俺たちの今後の、いや、この狩猟祭での目的をはっきりさせておこうと思うんだけど」


 残り期間は今日を入れて3日。

 明後日の陽が落ちきるまでに街に戻らなければ、どれだけの魔物を討伐していたとしてもノーカウントになる。

 帰り道にかかる時間を考えれば、最低でも明後日の午前中には森を抜けるつもりでいないといけない。


「タイセイさんの気持ちは変わってないんですよね?」


 タマちゃんが言っているのは俺が優勝を目指すと言ったことだろう。

 でも――あれは嘘だ。

 俺は別に優勝なんかしたいわけじゃない。

 ダービーの時に貰った賞金のお陰で経済的には余裕があるし、別に優勝者の名誉が欲しいわけでも無い。


 俺の目的は強くなること。

 コモドオオワームとの戦いで感じた圧倒的無力感。

 あの戦いに勝てたのは偶然で、俺自身は死にかけ、その上もう少しで大事な仲間を永遠に失うところだった。

 結果的には勝てたし、イレギュラーな魔物に出会ったのは運が悪かったと片づけるのは簡単だけど、冒険者を続けていくなら今後いつ同じような事態に襲われるとも限らない。

 なら――少しでもレベルを上げて、スキルを増やして、あんなことが二度と起こらないように備えなきゃいけないんだ。

 とにかく魔物を探して倒しまくる。それが俺の今の一番の目標。


 でも、だからといって依頼そっちのけで冒険者に憧れていたタマちゃんをそんな事に巻き込むのはどうかと考えていた矢先の収穫祭。

 俺はそれを利用しようと考えたんだ。

 タマちゃんに嘘をついてまで。


 自然にタマちゃんと同行することが出来て俺の目的も果たせる。

 絶対的に足りなかった魔物との戦闘の経験も積める。

 ついでにタマちゃんの借金返済の目途もたつ。


 しかも他にも多くの冒険者が森にいて、その監視に上位ランクの冒険者までいるんだから、これ以上安全に事を運べる機会はそうそう無いだろう。


 正直、この時点で俺の目的はほぼ達成されていたと言ってもいい。

 思ったよりもスキルを増やすことは出来なかったが、ゾウアザラシや他の魔物を倒す事で十分にレベルも上げられて、不足していた戦闘経験もそれなりに積むことが出来た。


 だから――


「ごめん。優勝するつもりは最初からなかったんだ」


 俺は正直に全てを打ち明けた。




「そう……でしたか」


 タマちゃんは真剣に俺の話を聞いてくれた後に、短くそう一言だけ呟いた。


 その表情からは、タマちゃんがどう思っているのか伺うことは出来ない。


 俺に対して怒っているのか、それとも軽蔑しているのか。

 何にせよ、嘘をついてまで危険なところに連れてこられたんだから、良い気分でないのは間違いないだろう。

 本来ならもっと森の浅いところで参加するようなレベルだったんだから。


 剣が来るか、矢が飛んでくるか。

 いや、直接拳という事もありえるな。

 噛みつかれるとかなら逆にご褒美……いやいや。


「タイセイさん」


「はい!!噛まれたいです!!」


「え?」


「え!?」


「……タイセイさん。今度からそういうことは最初に相談してくださいね」


 嚙んで欲しいって?


「タイセイさんがそうしたいと言うんだったら、私だって自分なりに考えて返事をしたいです。私たちはお互いの命を預け合ってる仲間でしょう?タイセイさんと同じように、私だって強くなってタイセイさんの力になりたい。ずっと誰かに守られているような存在ではいたくないんです。だって、ようやく憧れていた冒険者になれたんですから」


 ああ……そうか。

 結局俺は……。


「それに……仲間にはどんな小さな事でも嘘をつかれるのは悲しいです」


 最初から間違っていたんだ……。


「だから約束してくれますか?今度から何かあれば必ず相談してくれるって?」


 俺はまだどこかで自分だけは特別だと。

 この世界とは違うところから来た、この世界の人たちにとってのお客さんのようなもんだと。

 だから、タマちゃんを心のどこかで受け入れきれていなかったんだ。

 いや、自分からその輪の外にいる気持ちでいたんだ。


「……分かったよ。今度からは必ず最初に相談する。それで、タマちゃんの意見を聞いてちゃんと一緒に考える」


 この大事なことを気付かせてくれたのがこの収穫祭での一番の収穫だったのかもしれない。


「ごめんなさい。何だかお説教みたいになっちゃいましたね」


「いや、そんなことはないよ。そう言ってもらわないと、俺はこんなにも当たり前で、とても大事な事に気付けなかったんだから」


「大事な事ですか?」


 そう、とても大事な事。

 命を預ける大切な仲間にはどんな小さな嘘もついてはいけないってこと。

 それが相手の事を思いやっての事であっても、相手にとっては信頼されていないと捉えられてしまうただの独りよがりだから。


「本当にありがとう。俺、タマちゃんと出会えて、一緒にパーティーを組めて本当に良かったよ」


 俺はタマちゃんに頭を下げてお礼を言った。


「あのタイセイさんにそんなに素直にお礼を言われると……何か調子が狂っちゃいます……」


 タマちゃんは照れたように顔を伏せて――


「噛むのはそのうちに……」


 そう小さく呟いた。


「それで――タマちゃん」


 俺が気付かせてもらった大切な事。


「本当はあといくら借金が残ってるの?」


 大切な仲間にはどんな小さな嘘もついてはいけないってこと。


「はひっ!?なん、なんのこと、ですか!?」


 ゾウアザラシの牙の代金で借金を返してお釣りがくると喜んでいたタマちゃん。

 でも、貰ったお金をすぐに返済しに行って、そこから帰って来たタマちゃんの表情は笑っていたけどどこか暗かった気がする。


 タマちゃん、借金には利息ってものがあるの知らなかったんだねえ。

 借りた額が大きいほど、借りていた期間が長いほど返す時の金額は大きくなるんだよ?


「あわあわあわ……」


 そして、全てを洗いざらい聞き出した俺は、しょぼんとしたままのタマちゃんとちゃんと相談し、結局はもう少し森の奥に進んで一攫千金を目指すことにした。


 立て替えたら良いじゃないか?競ンバの賞金が余ってるだろう?

 駄目です。それは本人の為になりませんから。

 それに、俺たちは冒険者だしね。


 やっぱり必要なお金は自分たちの力で稼がなくちゃね。





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