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第83話 妖精女王と悲しき使命

 目を開けると、そこは元いた丘の上の大樹の前だった。

 俺の左手は隣で祈るように座っているロリ様の肩にかかったままだった。

 まるで女神と会った事が夢だったかのように……。


「タイセイさん?どうしたんですか?」


 少しぼんやりとした様子だった俺にタマちゃんが不思議そうに声をかけてきた。


「ロリ姫様!しっかりしてください!」


 その声の主はバックスさん。

 同じく目を覚ましていたロリ様に声をかけていた。

 反応の無いロリ様にかなり動揺しているのか、普段の冷静な姿はそこにはなかった。


「私……。ここは?」


「ああ!ロリ姫様!バックスでございます!聞こえておりますか?!」


「バックス……ここはどこですか?」


「ここは――私にも分かりません……。あの不思議な鳥居なるものを通ってここに連れてこられてしまったのです。そしてロリ様がこの大樹の下へ……」


「ああ……そうでしたか……。ここがそうだったのですね……」


「ロリ姫様?この場所が何か?」


「いえ、何でもありません」


 そう言うとロリ様は俺の方を見た。

 その目は少し悲しそうに見えた。


「タイセイ殿、ここはダンジョンの中なのでしょうか?」


 ロリ様が無事だったことで安心したのか、バックスさんは少し冷静さを取り戻したようだ。


「ここはダンジョンの中ではないです……。多分、誰かの見た夢の中……儚い幻の世界。そして、哀しい約束の場所……」


 俺がそう言った瞬間、視界は暗転する。

 身体がぐるりと回ったような感覚が一瞬あった後、次に視界に映ったのは最初にいたダンジョンの通路だった。


「戻って――これたんですか?」


 タマちゃんが自分の体の感覚を確かめるように、両手を閉じたり開いたりしている。

 あそこに肉球があればと何度思ったことか……。


「さてロリ様。これからどうしますか?まだダンジョンを進みますか?」


 ロリ様の隣にいたバックスさんは理解が追い付かないのか、ずっと周囲をきょろきょろと見回していたが、俺はそれを無視するようにロリ様に尋ねた。


「……いいえ。戻ります。やらなければならない事が出来ましたので」


 その目は何かを決意したような強い力を宿していた。




――コンコンコン。


 俺は二日ぶりに見る大きな扉をノックする。

 しかし中から返事はない。

 だがそんなことに構わず俺はその扉を開けた。


「失礼いたします」


 ロリ様の凛とした澄んだ声が高い天井の室内に響く。

 薄暗い部屋。目的の人物は前と同じように、こちらに背を向けて机に向かって座っていた。


「コノツギ王国第一王女のヒューナード・ボランド・ウルフシュレーゲルスターインハウゼンベルガードルフ・ロリエレット・フィラデルナード。ただいま戻りました」


 綺麗な立礼カーテシーでその人物に挨拶をする。

 目上の人、または王族に対する礼である立礼を第一王女がとるということは、その礼を向ける相手は限られてくる。


 その挨拶を受けて、その人物は大きな体でゆっくりと立ち上がり、更にゆっくりと緩慢な動きでこちらを振り向いた。

 薄暗い室内。逆光になったその顔がどのような表情でこちらを見ているのかは、この場所からでは見ることが出来ない。

 そして、やはりゆっくりとした動きの大きな歩幅で一歩一歩近づいてくる。


「戻ったのか……」


 大きなおっさん――マルダイは俺たちの前で止まると、低い声でそう呟くように言った。


「全てを思い出したのだな」


 それは疑問形ではなく確信の台詞。


「はい。全て思い出した、いえ――受け継ぎました」


 ロリ様もしっかりとした口調でそう返す。


「ならばもう行くが良い。ここに用が無いことは分かっているだろう?」


 マルダイは最初に会った時とは話し方も、その言葉から感じる圧も全く違っている。

 デカいだけのおっさんだったのが、今は歴戦の戦士と向かい合っているような迫力を感じる。


「いいえ、用はございます。ヒューナード・ボランド・ウルフシュレーゲルスターインハウゼンベルガードルフ・マルダガフ・フィラデルナード王。コノツギ王国第2代国王にして、勇者ロマノフが長男。私のご先祖様であらせられる貴方様に挨拶もなく立ち去ることなど出来ますでしょうか」


「……え?ロリ姫様……今何と?」


「タイセイさん!?この人が勇者様の子供なんですか!?でも、勇者様って……どれの?」


 どれのとか言うな。

 一応はどれも勇者様やぞ。


「過去の亡霊にそのような礼をとる必要などない。それに私の役目もすでに終わったのだ」


「だからこそでございます。永い時の中を、己が使命を果たす為に孤独に耐え続けてきた貴方様に敬意を伝えることが、私の出来る唯一の供養でございます」


「供養……?ロリ姫様、マルダイ殿はこのように元気でございますよ?それと先ほど言われていたのは……」


「そうか、気を使わせてすまんな。その気持ちありがたく受け取って旅路の友としようぞ」


 マルダイの体は体内から発せられているかのような淡い光に包まれる。

 そしてその大きな身体が、まるで重力を感じないかのようにふわりと宙へと浮き上がる。


「我の使命はここに達した。遠き日の約束は果たされた。さらばだ幼き姫君よ。願わくばその茨の道の先に幸福な人生があることを。常世の果てより見守っておるぞ」


「ありがとうございます。お祖父じい様」


 ロリ様がそう言って優しい笑みを浮かべると、マルダイの姿は光の粒子が弾けるようにして消えていった。

 最後に一瞬見えたその顔には柔らかな笑みが浮かんでいた。


 そう、それはまるで孫娘に向けるお爺ちゃんのような優しい笑顔に見えた。




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