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第31話 補給系彼氏(センパイside)

「ここのソラが気に入ったんだよ」


 五月の練習中。

 高校まで乗り込んできた優姫が「こんなところ」って言いやがったとき、俺は反射的に言い返してた。


 激戦区の強豪私立と、田舎の公立。

 各リトルシニアの中心選手と、地元の中学からの受験組。

 今の俺がいる場所は、前いたところと比べて野球としては格落ちなのは認めてたから、自分で驚いた。


 優姫は「田舎の空」だと受け取ったろう。

 意味がわからない、そんなんじゃ戻れないよ、って顔してた。

 俺はそのとき、思うより蒼空に惹かれてることを自覚した。


『丈士センパイ!』


 蒼空は、どれが正解だったかとか何目指すとかがどうでもよくなるようなでかい声で、俺を応援する。

 蒼空にきらきらした目で見られたら、自分を少し好きになれる。

 「野球の才能」の尺度ではかられないのも、実は気が休まる。


『ふへへ』『ええんスか?』『ハイ!』


 蒼空は、嬉しかったり楽しかったりしたら、素直に笑う。方言かわいいし、もっと笑わせたくなる。


 家族も善人揃いで、だからこういうヤツに育ったんだなってしみじみする。

 一人っ子の俺は、長男の蒼空にひそかに甘えてる。


 蒼空は、単純だけど、ときどきはっとすることを言う。

 みずみずしくて、どこか懐かしい匂いがする。あれってうどん出汁の匂いなんかな?


「美味そう」


 あと、脚がいい。

 健康的な細さでいて絶妙にやわらかくて、白くてきめ細かくて、男でこんな脚に仕上がることあんの? って思う。

 まだ直で触ってないけどぜったい手触りいい。何とかほっぺたで我慢してる。


 美味そうなの誰にも気づかれたくないから、蒼空のミニスカ姿は他のヤツに見せたくない。なのにアイツ、安売りし過ぎ。


 親しみがあるせいか、他の男にも女にもべたべた触られたりしゃべり掛けられたりして、本人も拒まないし。

 そのくせ俺のキスは拒むし。


 驚かせたかもしれないけど……だってそんくらいしないと、俺の好意を揶揄いとしか受け取らねえじゃん。


「チアボーイくんは丈士しか見とらんじゃろー」

「でも俺が誰見てっか、蒼空は知らねンだわ」

「あはは、初恋過ぎてウケる」


 粟野に愚痴ったら、爆笑された。

 周りは牽制できてんのに蒼空本人がわかってないの、どんなお笑いだよ。


 俺がまだ優姫を好きとか誤解してるし。

 昔の話って言ってやったら、なんか優姫と仲良くなろうとしてるし。

 優姫のやつ、手ぶらで追い返された意趣返しかよ。


 蒼空も蒼空だ。

 好みのタイプの髪長い女にふらふらして、妬かせようとしてんのか?

 俺が髪伸ばし始めたんだから、ちょっと待ってろっつーの。


 ここ一年でこんないらいらしたことない。

 人が少なくて代わり映えしない讃岐での毎日は、穏やかだけど、感情に常に薄雲が掛かってるようでもあった。


 蒼空といると、ぜんぶが鮮やかに見える。

 ただ、いらいらしてるせいか、どうも制球が定まらない。

 今までそんなこと一度もなかった。


 県予選が終わったあと、蒼空に俺の気持ちをはっきりわからせてやることにして、ひとまず野球優先に切り替えよう。

 このチームで、勝ちたい。甲子園にも行きたい。


 と思ってたら、蒼空のヤツ、その隙に同級生の女子といい感じになりやがって。


「……鈍感」


 誰がって、オマエがだよ。

 あの子、どっからどう見ても蒼空のこと好きじゃん。しかも俺の牽制にも怯まない。ああ見えて強い。

 ……いや、蒼空は普通に女が好きで、俺はただの「かっけえ先輩」ってだけなんじゃ?


『デー、内緒っス』


 ほら。蒼空はデートって言いかけた。

 そうだよな。

 奇跡みたいに純粋な好意に、俺の独占欲まみれの恋愛感情をぶつけたら、あのキレーな目が曇っちまうかもしれない。

 それだけはいやだ。


 好きなものを、二度も俺のせいで壊したくない。

 今度こそ手離したくなかった。そもそも手に入れなければ、手から離れてく怖さを味わわなくて済む。

 簡単な話だって、やっと気づいた。


 なのに蒼空は、野球部のために、オレのためにって、データ分析とか動画解析とかし始めた。

 あの同級生と一緒にやってると思うと複雑で、素直に喜べないし労えない。


 蒼空とあの子が並ぶと、すごく自然に見える。俺が駄々こねて、ふたりを邪魔してるみたいだ。


 県予選が始まっても、蒼空は踊らないであの子と肩並べてる。

 ミニスカ姿を他のヤツに見られなくて済んで、いいっちゃいいんだけど。

 だけど、踊りますって、言ってたのに。


「なんだよこのスタンプ。『うどんどん』なのに、一本もうどんないじゃん」


 試合の後、LINEスタンプ送ってくるだけで、さっさとあの子と帰ってるし。

 俺と一言話さなくていいのかよ。なあ。俺を笑わせてくれるんじゃなかったっけ?


 やっぱり蒼空を取られたくない。

 他の誰かに渡すくらいなら、俺の手で曇らせるほうがまし。

 たとえ蒼空を失う痛みでも傷でもいいから、手に入れたい。

 野球優先なんて、俺の醜い本心を隠す口実だ。


 痺れ切らして、告白を準々決勝の日に前倒しした。

 残り二試合なら、告白がだめでも自棄を球威に変換できるだろ。なんて考えて。

 準々決勝のウイニングボール持って、蒼空のもとへ急ぐ。


 ――一歩遅かった。あの子に先越されてた。

 でも、これでよかったんだ。

 蒼空は高校生活楽しみたいっつってたのが平和に叶うし、俺は俺の不安定な部分に蓋して野球に集中できるし。


 俺の間が悪くて、蒼空はあの子に返事しそびれた。

 今まで応援してもらって力もらったぶん、せめて背中押してやんないと。


「行ってやれよ、祭り」


 自分の声が強がってて、嗤えた。

 それでも蒼空は俺を選ぶって思いたかった。休養日は肩休めつつコンディション整えながら、半ば自分にそう言い聞かせた。


 なのに準決勝、蒼空は来ないらしい。くそ。

 準決勝当日。祭囃子が聞こえた気がして、梅雨明けの空を見上げた。


 一回、いきなり四球出したけど三振で相殺。

 二回、ヒット打たれて失点。この県予選、打者一巡目で打たれたことなかったのに。

 三回、エラーでまた失点。あれは微妙なとこに運ばれた俺が悪い。

 四回、ピッチャー強襲の打球をきっちり処理した。


 五回、さっき大西がツーランホームランで2-2の同点にしてくれたのに、チェンジアップにタイミング合わされて、二失点。

 2-4……、4点も取られた。


 そんなつもりはなかったけど、どっか気が散ってるか? それとも蒼空の応援がないからか。

 準々決勝後の、山田部長の一言が頭によみがえる。


『ごめんな。僕の配球がいまいちじゃ』

『いえ。俺こそ逆球すみません』


 俺がいるのに負けてたまるかよ。

 何も聞かずに俺を仲間に迎え入れてくれた野球部のヤツら、生活変わって苦労もあるだろうに俺に見せない両親、そして俺に意味をくれた蒼空に、返したい。

 もらった以上のものを。俺にできることを。


『センパイは逃げてきたんやない! こなん田舎まで、オレに出会いに来てくれたんじゃ』


 蒼空のおかげで晴れ渡ったこの場所で、生きてくって決めたんだ。

 四点も取られた分は、俺がバットで決勝点叩き出して、帳尻合わせた。

 5対4の勝利。決勝進出だ。


 蒼空の顔が見たい。もう抑えない。

 ユニフォームを着替えもせず貸し切りバスに乗る。運転する監督の後頭部に「急げ」って圧かける。


「讃岐の夏祭りってどこでやってンの」

「市役所の第二駐車場だが」


 高校の正門で解散するなり、身ひとつでダッシュした。

 小中学生で賑わう、屋台の間を縫う。

 蒼空はもうあの子と帰ってたりして。俺が会いに来たんだから帰んな。


 ウィニングボールの約束、まだ有効だよな?

 蒼空の高校生活、俺が他のヤツには到底できないやり方で楽しませてやる。

 だから俺を、俺だけを見ててほしい。


 だって蒼空なしとか、飲まず食わずと同じで、生きてけないだろ。

 補給しないと。


 路線バス乗り場のほうから、みずみずしくて懐かしい匂いがした。

 男が一人佇んでいる。

 茶毛にすべすべの脚。――見っけた。


 甚平姿の蒼空に、俺はまっすぐ手を伸ばした。



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