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(八)

“記憶を消しておけ”


 無表情で近づいてくる拓真の瞳は、覚悟の光を帯びているように見える。


 ホントにあたし、記憶を消されちゃうの?

 ひとの記憶を消すなんて、そんなことできるの?


「え~と、記憶消さなきゃまずい?」


 おそるおそる訊くと、拓真は当然のように頷いた。


「父さんの力を見られたし、でもそれよりも、僕のぶざまな姿を見られたのが、父さんは許せないんだ」


「今日見たこと、あたし、誰にも言わないよ」


「忘れた方がおまえにとってもいい。父さんににらまれたら、記憶どころかおまえ自身が消されてもおかしくない」


「消されるって、またまた、そんなあ」


 わざと冗談めかして答えたが、もちろん拓真は微塵みじんも笑わない。


 マジ……か。


 たしかに、じっさいの剛造を目の当たりにした今なら、ありえるかもと感じてしまう。


「ていうか、ひとの記憶って簡単に消せるの? そんなことができる拓真くんって何者なの?」


「王崎商事の跡取りさ。それ以上でも以下でもない」


 その言い方はどこか自虐的だ。

 不可思議な能力を持っている説明にもなっていない。


 けれど拓真はそれ以上答える気がないのか、唇をギュッと結んだままみくにの前に立った。


「心配ない。今見たことや僕のことだけを消すから」


 それはつまり、みくには拓真と出会ってないということになる。


 みくには懸命に頭を振った。


「やだ! あたし、拓真くんと出会えたんだもん! ひとめぼれしたんだもん! 拓真くんがあたしの運命のひとに違いないんだもん! それをなかったことにしたくない!」


 拓真はおもむろに右手をみくにの頭に置いた。


「言ったろ? 僕と付き合うなら、悪に堕ちないといけないって。おまえは、なんていうか、そういう人間には見えない。おまえの力は、僕らとは真逆に感じる」


 拓真の発言は、みくににはよくわからなかった。


 自分とは住む世界が違うからと拒絶されたようにも感じ、悲しくなった。


「でも……それでもあたし、あなたが好き! だから諦めない!」


 拓真は意外そうに目を見開いて、それから寂しげに笑った。


「そんな感情もすべて忘れる」


「忘れない! あたしの想いはそんなやわじゃないもん! あたしの恋の力は無敵だもん!」


「恋の力?」


「あたしはスーパーガールだから!」


「スーパーガール?」


 小首をかしげた拓真に、みくには懸命に訴える。


「だから拓真くんと一緒に悪には堕ちれない! でも悪に堕ちたあなたを引き戻すことはできる!」


 あたしは、正義のスーパーガールだから、けっして諦めない。


「拓真くんが何度悪に堕ちたって、あたしがここに引き戻す! あたしの恋の力は、悪になんか、けっして負けない!」


 力強く言い切ると、拓真はやがて無邪気に笑った。

 はじめて年相応の表情を見た気がした。


「いつか、おまえがまた僕の前に現れることを楽しみにしているよ」


「それってあたしのプロポーズをOKしたってこと!?」


「いや、全然違う」


「ガーン!」


 がっくりとうなだれるみくにを優しげに見つめ、拓真は呟いた。


「さようなら」


 つぎの瞬間、みくには意識を失った。


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