“記憶を消しておけ”
無表情で近づいてくる拓真の瞳は、覚悟の光を帯びているように見える。
ホントにあたし、記憶を消されちゃうの?
ひとの記憶を消すなんて、そんなことできるの?
「え~と、記憶消さなきゃまずい?」
おそるおそる訊くと、拓真は当然のように頷いた。
「父さんの力を見られたし、でもそれよりも、僕のぶざまな姿を見られたのが、父さんは許せないんだ」
「今日見たこと、あたし、誰にも言わないよ」
「忘れた方がおまえにとってもいい。父さんににらまれたら、記憶どころかおまえ自身が消されてもおかしくない」
「消されるって、またまた、そんなあ」
わざと冗談めかして答えたが、もちろん拓真は
マジ……か。
たしかに、じっさいの剛造を目の当たりにした今なら、ありえるかもと感じてしまう。
「ていうか、ひとの記憶って簡単に消せるの? そんなことができる拓真くんって何者なの?」
「王崎商事の跡取りさ。それ以上でも以下でもない」
その言い方はどこか自虐的だ。
不可思議な能力を持っている説明にもなっていない。
けれど拓真はそれ以上答える気がないのか、唇をギュッと結んだままみくにの前に立った。
「心配ない。今見たことや僕のことだけを消すから」
それはつまり、みくには拓真と出会ってないということになる。
みくには懸命に頭を振った。
「やだ! あたし、拓真くんと出会えたんだもん! ひとめぼれしたんだもん! 拓真くんがあたしの運命のひとに違いないんだもん! それをなかったことにしたくない!」
拓真はおもむろに右手をみくにの頭に置いた。
「言ったろ? 僕と付き合うなら、悪に堕ちないといけないって。おまえは、なんていうか、そういう人間には見えない。おまえの力は、僕らとは真逆に感じる」
拓真の発言は、みくににはよくわからなかった。
自分とは住む世界が違うからと拒絶されたようにも感じ、悲しくなった。
「でも……それでもあたし、あなたが好き! だから諦めない!」
拓真は意外そうに目を見開いて、それから寂しげに笑った。
「そんな感情もすべて忘れる」
「忘れない! あたしの想いはそんなやわじゃないもん! あたしの恋の力は無敵だもん!」
「恋の力?」
「あたしはスーパーガールだから!」
「スーパーガール?」
小首をかしげた拓真に、みくには懸命に訴える。
「だから拓真くんと一緒に悪には堕ちれない! でも悪に堕ちたあなたを引き戻すことはできる!」
あたしは、正義のスーパーガールだから、けっして諦めない。
「拓真くんが何度悪に堕ちたって、あたしがここに引き戻す! あたしの恋の力は、悪になんか、けっして負けない!」
力強く言い切ると、拓真はやがて無邪気に笑った。
はじめて年相応の表情を見た気がした。
「いつか、おまえがまた僕の前に現れることを楽しみにしているよ」
「それってあたしのプロポーズをOKしたってこと!?」
「いや、全然違う」
「ガーン!」
がっくりとうなだれるみくにを優しげに見つめ、拓真は呟いた。
「さようなら」
つぎの瞬間、みくには意識を失った。