「
N出版社、一階にある歓談スペースの個室ブースで、編集者のKが訊いてきた。
わたしは紙コップのコーヒーを一口飲んだあとで、首を横に振った。
「スーパーガールって、スーパーマンの女性版だっけ? ハリウッド映画の?」
Kとの打ち合わせは、毎月書かせてもらっているオカルト雑誌のワンコーナー『よく見れば怖い写真』のネタ出しがメインだ。
が、年齢も近く、彼とは妙にウマが合うせいで、話はよく脱線する。
スーパーガールも『よく見れば怖い写真』とは関係なさそうだが。
そう思っていたのに、Kは自分のスマホを操作し、
「これ、見てください」
と、スマホをテーブルに置いた。
そこには一枚の写真、といっても夜中なのか、全体的に暗くて不明瞭なものが表示されていた。
「なにこれ? 心霊写真?」
『よく見れば怖い写真』は、基本的に創作だ。
わたしやKが出したネタを、さも実際に撮られた写真として掲載し、それにまつわるエピソードを関係者に取材。
いわくを解き明かすという体裁を取ってはいるが、すべて創作。
写真もデザイナーが制作してくれている。
もちろんコーナーの片隅に、フィクションだとことわりは入れてあるので、読者はそれを承知で楽しんでくれているはずだ。
なのでルポライターではなく小説家で、しかも開店休業中で暇そうな自分にお鉢が回ってきたのだろう。
で、そんな創作コーナーではあるけど、“怖い写真”の募集もしていた。
単に自分とKの創作ネタだけではいずれ枯渇しそうだし、なにより読者を巻き込む要素があるほうが人気が出ると編集長に言われたからだ。
とはいえ、投稿数は一か月に一件程度だし、現状創作ネタとして採用できるレベルのものはひとつもない。
「公式サイトに送られてきたものです。どう思います?」
「どう思うと言われても、全然見えないんだけど」
わたしの反応は予想通りのものだったらしく、Kはすぐにスマホをタップし、設定を弄りだした。
「これ、明るくすると見えてくるんですよ」
少し得意気な表情で画像の明度を上げていくK。
すると写真の左上に人影らしきものが浮かび上がってきた。
ビルらしき建造物の狭間を横切った瞬間みたいだった。
「これ……女性? ……それにマント?」
細身の身体、丸みを帯びた胸と腰、後方になびいている髪から、女性の雰囲気を感じた。
そしてなにより目を引いたのは、その人物の首元から広がっているマントだった。
暗闇にはためくそれは、本当に昔ながらの正義のヒーローやヒロインを思わせる。
「最近SNSで話題になりつつあるみたいなんです」
「スーパーガールが? それがこの画像に写ってる人物じゃないかって?」
「もちろん、加工した写真かもしれませんけどね」
Kはそう言ったが、スマホの写真にわたしは信憑性を感じていた。
『よく見れば怖い写真』で自分たちが作り物の画像を扱ってるせいか、加工したものに違和感を覚えるようになっていた。
それがこの写真からは感じられない。
「で、その
しかしKは頭をぶんぶん振った。
彼はひと昔前のバンドのミュージシャンみたいに髪を伸ばしていて、とくに前髪が長い。
けれどそれは子供の頃に転んだ際に負った、額の傷を隠すためだと以前語っていた。
その前髪がなびくほどに首を振っていたKが、きっぱりと言った。
「その逆です」
眉をひそめたKの表情に、嫌悪が滲む。
「最近都内で暴行傷害事件が多発しているらしいんです」
なんだか不穏な展開だ。
「命にかかわるようなものではないんですが、被害者は老若男女問わず、それこそ八十過ぎの老人も、小学生もいるみたいで。ほとんど通り魔ですよ」
「で、その犯人が、まさかスーパーガール?」
Kはうなずいた。
「急に目の前にマント姿の女性が現れ、無言で殴ってくるそうです」
それが本当ならたしかに通り魔だ。
しかもマントをつけて、わざわざ目立つ格好で犯行に及んでるあたり、異常性も高い。
あらためてスーパーガールかもしれない人影が写った画像を見つめた。
暗闇に潜みながら、その暴力的な欲望の標的を狙ってるようにも見え、背筋に冷たいものが走った。
こんなのと関わったらたいへんだ。
自分や知り合いがその被害に遭わないよう、そして犯人が早くつかまるように願わずにはいられない。
しかしそれはどうやら能天気な考えだったようだ。
Kは前のめりになって、どことなく高揚したまなざしを向けてきた。
嫌な予感がした。
編集者がこういう表情で持ちかけてくる話は、たいていろくでもない。
「桜さん」
Kは舌なめずりをしてから言った。
「『よく見れば怖い写真』で、スーパーガールを追いかけてみませんか?」
ほら、やっぱりろくでもない。