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第二章 一九九〇年 (一)

 校舎屋上にしつらえられたステージに上がると、校庭の大勢の生徒たちがこちらを見上げている光景が目に映った。


 青野森あおのもり高等学校の、ほぼ全生徒が集まっているのではないか。


 そしてそんな彼らの注目を一身に浴び、広小路みくには胸を高鳴らせた。


 しかも屋上や校庭には数台のテレビカメラを構えたスタッフがいて、自分の姿を撮ってくれている。


 興奮するなと言うほうが無理だ。


 一か月前、全国ネットのテレビ局から、とあるバラエティー番組の収録をしたいという打診があり、青野森高等学校はこれを受諾した。


 収録番組は『十代のセキララ主張!』というタイトルで、なにかを伝えたい、訴えたい生徒に登場してもらい、その主張を校舎屋上から全生徒に向かって叫んでもらうという企画だ。


 人気番組なので、みくにも放送を何度も観たことがある。


 そしてそんな主張の中でいちばん盛り上がるのが、なんといっても恋の告白だ。


 校庭のどこかにいる想い人に向かって好きだと叫ぶ。

 告白された生徒が(ときには教師が)どんな答えを出すのか、その結末を見届けるまで毎回目が離せなかった。


 それが今、自分がその当事者になっている。


 みくには気持ちを落ち着かせようと、深呼吸をした。


『さあ、続いては、二年三組の広小路みくにちゃんの主張だー!』


 番組が用意した司会進行の声が校内放送で流れ、校庭の生徒たちが一斉に沸いた――……のだが、その半分ほどは今ひとつ盛り上がってないことに、みくには気づいていない。


 生徒たちの中からは、

「想像つきすぎるんだけど」

「うん、わかる」

「あれしかなくね」

 といった声が洩れているが、それもみくにには聞こえない。


『それではみくにちゃん、セキララ主張、お願いしまーす!』


 司会にうながされ、みくには校庭にいる“カレ”のことを思い浮かべながら、大きく息を吸った。


「あたしにはー! 五歳の頃からー! 好きで好きでたまらないひとがいまーす!」


 校庭の生徒たちは、

「だろうね」

「やっぱりそれか」

 と呟きつつも、番組スタッフの指示通りに大声を合わせた。


「だ~~~れ~~~!?」


 みくには校庭に視線を巡らせ、校門近くにたたずむ男子生徒を見つけた。


 屋上からでも、その背の高さとスラリとしたスタイルの良さがわかる。


 目が合った気がして、みくには背中を押されたように思えた。


 きっとあたしの告白を“カレ”は待ってくれている!


 みくには意気揚々と叫んだ。


「それはー! 二年五組のー! 王崎拓真くんでーす!」


 みくにの愛の告白が、秋晴れの空にこだました。


 校庭の生徒たちからは、

「うん、知ってた」

 という呟きがあちこちで洩れたが、みくにはそれどころではない。


「あたしー! あなたが好きー! 付き合おうー!」


 叫び終ったみくには、固唾かたずを呑んで拓真の返事を待った。


 校庭の拓真は、屋上から見る限り、動揺したそぶりもなく、平然とたたずんでいる。


 でもそれは照れ隠し! あたしの想いがきっと届いたはず!


 みくにはそう信じて疑わず、拓真に熱い視線を送り続ける。


 校庭のスタッフがマイクを持って、拓真の元へ駆けていく。


 司会のアナウンスが盛り上げるような調子で響いた。


「さあ、王崎拓真くーん! みくにちゃんのセキララ主張を受けて、君の答えをどうぞー!?」


 スタッフにマイクを向けられ、拓真はやれやれといった様子で肩をすくめた。


 その涼しげな瞳を屋上に向けて細め、ため息ひとつ。


 マイクを通したそれはつやっぽく聞こえた。


「生まれ変わっても無理」


 容赦のない返答に、番組スタッフは凍りついたが、校庭の生徒の半分ほどは「やっぱそうなるよね」と驚いた様子もない。


 広小路みくにが王崎拓真を追いかけ、告白し、フラれるという一連のくだりは、青野森高校生徒にとってはもう珍しいものではなくなっていたからだ。


 だが何度繰り返しても、みくににとっては毎回ショックに変わりない。


 いつだって拓真への告白は、全身全霊で思いの丈を伝えてるのだから。


 しかも校内放送でフラれ、後日全国放送でオンエアされるのだから、その衝撃度も大きい。


 みくにはステージ上でがっくりと膝をつき、司会進行のアナウンスが「つ、つぎの主張、いってみよう!」と流れる中、スタッフに抱えられて退場することになった。


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