目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

(二)

 13・11メートルの距離を猛スピードで迫ってくる白球を、みくには難なくバットの芯でとらえた。


 快音を響かせ、ソフトボールの公式球は、特大の放物線を描いて場外へと消えた。


 逆転ホームラン。


 市営球場で開催中の女子ソフトボール秋季県大会準々決勝。


 青野森高校はみくにの活躍で、昨年の優勝校と互角以上の戦いを繰り広げている。


「ナイスバッティング! さすが、みくに!」


 ベンチに戻ってきたみくにを出迎えたのは、貝森かいもり綾香あやかの人懐っこい笑顔だった。


 ハイタッチをかわし、ふたり揃ってベンチに腰掛ける。


「やっぱ、みくには神がかってるわ!」


 興奮気味の綾香に肩を叩かれ、みくには苦笑した。


「運動神経だけは昔からよかったから」


 自分は神様に認められたスーパーガール!

 神がかって当然!


 ――なんて口が裂けても言えない。


 自分がスーパーガールなのは秘密だからだ。両親にも話していない。


 もし知られたら心配をかけるだけだし、世間からは注目を浴び、日常生活にもスーパーガール活動にも支障がでるのはさけられないからだ。


 ひょんなことから特別な力を得て、それを使って悪者を倒し、人助けを繰り返してきたみくに。


 時間も労力も掛かり、ときに棄権な目にも合う活動だからこそ、しだいにみくにはなるべく平穏な日常を送りたいと願うようになっていた。


 それにやっぱ、普通の女子高生っぽく恋をしたいしね――拓真くんと!


 みくにがにやにやしながら妄想するのはいつものこと。

 なので綾香は気にせず話す。


「みくにが正式入部してくれたら、全国制覇だって夢じゃないのになあ……」


「ん? ああ、ごめんごめん。でも他の部活からも助っ人頼まれてるしね」


 中学生のころから、みくには特定の部活には入らないようにしている。


 幼少時にスーパーガールになったことで、常人離れした運動能力に目覚めたが、それはあくまで悪を倒すためで、部活で活躍するためではない。


 だいいちチートすぎて卑怯な気がする。


 けれど人助けもスーパーガールの使命。

 部員不足などで競技に臨めず困っている部活には、臨時部員として手を貸していた。


 そしたらみくにの活躍は評判となり、各部の助っ人として、引っ張りだこになったわけだ。


 今日は、体調不良でレギュラー三名が休んでいる女子ソフトの助っ人に来ている。


「それと知ってると思うけど、試合中でも急用の時は抜けるからね」


「ああ、おうちの都合だっけ? それはしょうがないよ」


「うん、おうちの都合。しょうがないんだ」


 本当はスーパーガール活動のこと。


 悪人や犯罪を察知したら、どんなときでもそれを優先しなくてはならない。

 それをおこたると“ばちが当たる”ので気が抜けなかった。


 試合はみくにのホームランで打線に火がついた青野森高校が猛攻を続けている。


「今日はなにごともないといいけど」


 チームメイトの活躍に拍手を送っていたときだ。


 ベンチ後方の内野席からかすかに言い争う声が聞こえてきた。


 なにかトラブルだろうか。


 スーパーガールのみくにはこういうことを無視できない。


 ベンチから出て、客席を振り返った。


 県大会の準決勝とはいえ、日曜日の昼間のソフトボールのゲーム。

 観客の入りは客席全体の三分の一ほど。


 それでも自校の応援に駆け付けたと思われる、制服姿の生徒たちが数十名、内野席から声援を送ってくれていた。


 その一角、私服姿の男子三名のグループと、制服を着た男女十名ほどが対峙し、なにやら剣呑な雰囲気を醸していた。


「あれって……」


 制服生徒たちが付けている腕章に気づき、みくには眉をひそめた。


「保安委員会だね」


 綾香も騒ぎに気づいたようで、みくにの隣で目を凝らしている。


「日曜日もパトロールなんて……まじめか!」


 綾香の口調には非難がにじむ。


 青野森高校、生徒会直轄保安委員会。


 王崎拓真が生徒会長就任後に発足させた委員会で、その名のとおり、校内の保安のために校則違反の取り締まりなどを行っている。


「たぶん、あの男子たち制服を着てないからじゃない? それか、休日の行動予定を申告してないとか」


「みたいだね」


 聴覚も優れているみくには、客席で言い合う声をはっきりと聞き取れている。綾香の想像通りだ。


 青野森高校の校則では、休日の外出も原則制服着用だし、休みの前日までに休日行動予定を保安委員会に提出しなくてはならない。


 どちらの校則も保安委員会が発足してからできたもの。


 噂では生徒会長の拓真の発案だとも言われてる。

 が、元々生徒の自主性を重んじ、自由な校風だった青野森高校の生徒からの反発は大きい。


「校則違反により、強制退去処分となります。抵抗すれば学校側へ報告、停学処分の進言をします」


 保安委員会の生徒の言葉が聞こえてくる。


 彼らの活動がどんどん活発化している気がして、みくには不穏な窮屈さを感じていた。


 それは綾香も同じようで、不服そうに口を尖らせた。


「保安委員うざ。校則全部守ってたらなんもできないじゃん」


 その声に応じたのは、柔かな男の声だった。


「う~、そうですよねえ、保安委員のみんなにはやり過ぎないようにってお願いしているんですけど」


 客席のネット際でおどおどしていたのは、栗色の髪とつぶらな目が印象的な男子生徒だった。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?