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(七)

 くくりひめ。


 記憶の奥底に眠っていた名が、それを聞いた瞬間よみがえった。


「くくりひめ……って、あのとき……。あたしがスーパーガールになったとき聞いた気がする」


 五歳の時、交通事故に遭って“死の世界前案内所”を訪れたみくには、そこでスーパーガールの力と使命を授けられた。


 その際に告げられたことを思い出したのだ。


 たしか、みくにがスーパーガールになるのは、くくりひめの推挙によるものだ、と。


 それがなければ、みくには交通事故によって五年という短い生涯を終えていただろう。


 スーパーガール活動は面倒なことも多いけれど、おかげで命を長らえることができたのだから、くくりひめはみくににとって命の恩人にちがいない。


 しかしそれにしても……。


 みくには半信半疑で、目の前の少女を上から下まで見つめた。


 ギャルだ。

 ぴっちぴちのギャルだ。


 くくりひめは神様のはず。

 そんな神がこんなギャルだとはにわかには信じがたい。


 みくにの戸惑いに気づいたのか、少女はピースしながら、再度名乗った。


「マジ、くくりひめ。時代にあった格好してるだけだし」


 やはり渋谷あたりにいそうなカリスマギャルにしか見えない。


 が、みくにの素性を知っていることや、スーパーガールのみくにを難なく投げ飛ばした先程の身体能力をかんがみると、一般人とはとうてい思えない。


「ホ、ホントに、あたしをスーパーガールにしてくれたくくりひめ……様なの?」


「そ。恋愛や縁結びをつかさどってる神。気軽にくくりんって呼んで」


 無理無理、呼べないって。


 まだ状況を完全に呑みこめないみくにの頭を、ふいにくくりひめが撫でた。


「よく励んでくれてるね、広小路みくに。褒めてつかわすぞ」


 優しく撫でられる感触と心地のいい声音こわね


 まなざしのおごそかなきらめきに包まれた瞬間、みくにの瞳からポロリと涙の粒が零れた。


「……え?」


 自分でも不思議なくらい泣けてくる。


 心に温もりが染みていくようで、幼い頃、母の胸にしがみついてすんすん泣いたときのような切なさに襲われた。


 目元をごしごし拭い、目頭の熱さを堪えるみくにに、くくりひめは静かに微笑んだ。


「これが神の慈愛。信じた? わたしが神だって」


 背丈は自分と変わらないギャルなのに、なんだかとても大きく感じる。


 明確な根拠はないのに、みくには彼女が神だと確信した。


「あ、あたしを……助けてくれてありがとう」


 幼い頃に命を救ってくれたくくりひめに礼を言うと、恋愛の神様は頭を横に振った。


「君の潜在的な恋愛力を利用したかっただけ」


 撫でていた手で今度は頭をポンッと叩き、くくりひめは手を降ろした。


「神は人間を守るのが使命だけど、そのためには人間をいくらでも利用するんだから。君を生かしてスーパーガールやらせてるのも、そーいうこと」


 突き放したような言い方は、逆にみくにの心を軽くした。


 神の御業みわざで救われた自分は、それに見合うだけの生き方をしなければならない、という強迫観念に近いものをずっと抱いていたからだ。


 それをくくりひめの言葉は軽々といてくれた。


 そこまで考えてくれたのかもしれない。


 神、すげー!


 みくにが感嘆する中、くくりひめはストラップをジャラジャラ鳴らした携帯電話で通話中だった。


「光ゲンジのライブ? チケット取れた!? 行く行く! マジ、行くに決まってるっしょ!」


「……」


 通話を終えたくくりひめに訊いてみた。


「今の電話は?」


「ああ、神仲間。光ゲンジの追っかけやってるから、うちら」


 神様がアイドルの追っかけ……。


 神は人間を守るのが使命だと先程言っていたが、微妙に心配になる。


 そもそもどうしてくくりひめは、今になってみくにの前に現れたのだろうか。


 そんな疑問を察してくれたのか、くくりひめは真剣な表情で口を開いた。


「気をつけなよ、広小路みくに」


「気をつける?」


 くくりひめは声を潜めた。


「神の世が近頃、キナ臭くてさ。消息不明の奴もいれば、あたしみたいに現世をうろつく神が急に増えたっていう情報もあって。しかもね、悪趣味な噂まで……」


「悪趣味な噂?」


「ああ、ううん、これは気にしなくていいや……今は」


 含みのある言い方が気になったが、くくりひめはそれには触れずに続けた。


「広小路みくにの敵は今までは悪い人間だったと思うけど」


「うん」


「今後はそれだけじゃすまないかもしれない」


 どういう意味だろうか?


 頭をかしげるみくにをよそに、くくりひめは制服のポケットから手帳を取りだした。


 プリクラがこれでもかと貼られた手帳を開き、シャーペンで素早くなにかを書くとページを破った。


 それをみくにに押し付けるように渡す。


 そこには電話番号らしき数字が書かれてあった。


「あたしのケーバン。なにかあったら電話してきて」


 それだけ言うときびすを返し、小走りで離れていく。


「え? あ、あの? ていうか、あたしはこれから具体的にどうしたら?」


 不穏な言葉だけ告げられて、ただ気をつけろと言われてもじっさいなにをすればいいのか、どう気をつければいいのか、まるでわからない。


 せめてもう少し、ヒントらしきものが欲しい。


 その切実な願いが伝わったのか、くくりひめは足を止めて振り返った。


「ステキな恋をするんだぜ!」


 伝わってなかった。


 くくりひめはドヤ顔で言い残すと、満足気な背を向けてあっという間に去って行った。


 欲しかった答えはなにも得られなかったが、みくには見えなくなったくくりひめの背に向けて、満面の笑みで応えた。


「ステキな恋をしてやるぜ! ――拓真くんと!」


 恋の神に託された恋のスーパーガールにとっては、なんだかんだその言葉がいちばん励みになったのだ。

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