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(八)

 放課後になったとたん、綾香がみくにの席に飛んできた。


「みくに、忘れてないよね?」


 机にドンッと両手をついて訊いてくる綾香に、みくにはたじろいだ。


「な、なにごと?」


「川村くんのことよ。今日の放課後、屋上で話があるって、昨日言ってたじゃん」


「ああ、あたしに勉強教えてほしいって話ね」


「ちが~う! なに記憶を改ざんしてんのよ! ていうか、おバカみくにに勉強教わりたいひとなんてこの世にゼロよ!」


「ゼ、ゼロ……」


 なにげにショックを受けているみくににかまわず、綾香は身を乗り出して念を押してくる。


「ちゃんと行くのよ」


「わかってるってば」


 昨日、ソフトボールの球場で洋一に告げられた件はもちろん覚えていた。

 が、今日一日とくに気に留めていたわけでもなかった。


 どうせたいした要件ではないだろう。


 勉強のことじゃないのなら……拓真くんのこと、とか?


 生徒会役員一年生の洋一にとって、生徒会長の拓真は近寄りがたいのかもしれない。


 どうしたらその距離を縮められるのか。


 それを拓真といちばん距離の近い(と勝手に思っている)みくにに訊きたいのかもしれない。


「うん、きっとそうだ」


 模試は常にトップ、スポーツ万能、生徒会ではリーダーシップを発揮し、次々と施策を実現させている。


 加えて芸術品のような顔立ち、クールでスタイリッシュな振る舞いによって羨望を集めている拓真だからこそ、一年からすればどう接したらいいのかわからない部分があるに違いない。


 それを教えられるのは、彼の愛のパートナー(と勝手に思っている)自分しかいない。


「うんうん、あたしだけ……うへへ」


「たぶんあんたの想像とは違うと思う……」


 呆れ顔の綾香にかされ、みくには屋上に向かうことにした。



 西日が射す屋上は、フェンスの格子の影が、床にきめ細かい模様を落としていた。


 屋上に至る階段を昇り、扉を開けると涼やかな秋風がみくにの髪をそよがせた。


 視線を巡らすと、出入り口の扉からいちばん遠いフェンス際に、男子生徒がひとり立っていた。


 ほかに人影はない。


 みくにが近寄っていくと、足音に気づいたのか、洋一はすぐに振り返った。


「お、おつかれさまです、広小路先輩。来てくれてありがとうございます!」


 ぺこぺこ頭を下げる洋一に、みくには屈託のない笑顔で応じた。


「気にするな。どーんと来いだよ。かわいい後輩のためなら、いくらでも相談に乗る」


 先輩風を吹かせ、悠然と構えるみくにの前、洋一は栗色の髪を掻きつつ照れくさそうに目を伏せた。


「か、かわいいなんて……そんな」


 口元がうれしそうに緩んでいる。

 もし尻尾があったら、ちぎれんばかりに振ってそうだ。


 そんな小型犬を思わせる洋一だが、学業の成績は学年一位で、だからこそ生徒会に入会できたのだろう。


 ちなみに生徒会役員の人選は、校内選挙で選出された生徒会長のスカウトによって決まる。


 一年生で拓真のお眼鏡に叶ったのだから、洋一は相当優秀な人材のはずだ。


 けれどそれを笠に着るようなことのない洋一に、みくには少なからず好感を覚えていた。


 といっても、それは一後輩に対してのものにすぎないのだが。


「で、話ってなに?」


「それは……」


「ああ、わかるわかる、わかってるって」


「ええ!? わかってるんですか広小路先輩!?」


 洋一の頬が見る見るうちに赤くなっていく。


 が、みくにはそれを陽に当たってるせいだと思った。


「距離を縮めたいんでしょ?」


 拓真との距離を。


 洋一は口を開いたり閉じたりを繰り返し、やがて小さく頷いた。


「そ、そのとおりです、もっと親しくなりたいんです」


 みくには自分の予想が当たったと確信した。


 洋一は生徒会役員として、会長の拓真と意思疎通を図りたいと願っているのだ。


「そっか、思い悩んでるうちに、あたしに話そうと思ったわけだ」


「はい……もう気持ちを抑えられなくて。迷惑かもしれませんけど」


「そんなことないよ。川村くんの想い、嬉しく思うよ」


「ホントですか!? え? それってつまり……」


 熱っぽい瞳で見つめてくる洋一。


 拓真への素直な気持ちを肯定してもらえたことがうれしいのだろう。


 みくにはそう考え、自分が後輩に先輩らしい態度を取れていることに気分がよくなってきた。


 しかも洋一と拓真の関係が良好になれば、生徒会運営にもプラスになって、きっと拓真も喜ぶはず。


 みくには感謝されるかもしれない。


 拓真に褒められて、頭を撫でられるかもしれない。


 不意に目があって、なんだかそのままキスしちゃうかもしれない。


 ぐふふ♡


 俄然、みくにはやる気が出てきた。


 洋一の背をしっかりと押してあげるのが自分の役目だ。


「川村くん、君の気持ちをぶつければいいの。怖がっちゃダメ。いつだってひとを動かすのは誰かの熱い想いなんだから」


「広小路先輩……」


「憧れのままで終わらせたくないんでしょ?」


「はい」


「自分を知ってもらいたいんでしょ?」


「はい」


「距離を縮めたい?」


「はい!」


「親しくなりたい?」


「はい!」


「ほかには? 君がしたいことを言えばいいの!」


「デートしたいです!」


「そうか! ……――ん?」


 デート? え? 拓真とデートしたいの、この子!?


 驚くみくにに、洋一は真っ赤な顔で近づいてくると、大声で叫んだ。


「広小路みくに先輩! 好きです!」


「え!?」


 洋一はぎくしゃくと腕を広げ、我慢できないと言った様子でみくにを抱きしめた。


「ええええええ!?」


 驚愕の雄叫びを上げたみくには、とっさに洋一を投げ飛ばしていた。


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