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(九)

 “廊下を走らない“という貼り紙がしてある掲示板前を全力で走り抜け、三階へ昇る階段を二段飛ばしで駆け上がり、三階フロア奥まで突き進むと、みくには生徒会室に飛び込んだ。


「ひえええええ!」


 悲鳴を上げながら、生徒会長席の前で頭を抱えるみくにを、拓真はうんざりと見つめた。


「言ったはずだ、ここは広小路みくに立ち入り禁止だと」


 役員でもないのに生徒会室に顔を出しすぎて、みくには生徒会から公式に出禁を喰らっている。


「大丈夫~! 他の役員が来たらサッと隠れるからぁぁぁ!」


「そういうことじゃないんだが」


 盛大にため息をつく拓真をよそに、みくには紅潮した頬を両手で押さえた。


「あたしってホントばか~!」


「知ってる」


「そんなあたしを慰めて~!」


「不審者がいるって、警備員呼んでつまみ出すぞ」


「不審者!? どこ!? 拓真くんに危害を加える不届き者は、あたしが絶対に許さない!」


 周囲を見渡すが、生徒会室には拓真と自分以外誰もいない。


 会議用の長机と、資料や用具入れのロッカーくらいしかない殺風景な部屋。


 そこでいつも拓真は、生徒会の誰よりも遅くまで仕事をしていることをみくには知っている。


 今日も他の生徒会役員は帰ったあとだろうか。


 それなら都合がいい。

 拓真にだけ話を聞いてもらえるから。


 そんなみくにの期待を察知したのか、拓真は会長席のイスにもたれながら冷ややかに応えた。


「話は聞かない。今すぐ帰れ」


「あのね、さっき屋上で」


「話すのかよ」


 舌打ちする拓真にかまわず、みくには先程の屋上での出来事を、洋一の名だけは伏せて話した。


 さすがにそこは勝手に言いふらせることではない。


 みくにの話を最後まで聞いた拓真は、眉ひとつ動かさずに呟いた。


「で、それをなぜ僕に言いに来た? 男に好きと言われ、舞い上がって、自慢しにでも来たか?」


 普段の抑制の効いた口ぶりだが、その奥にかすかな不機嫌さを感じたのは気のせいだろうか。


 みくには「ちがうちがう」と、大きく頭を横に振った。


「まさか相手があたしだと思わなかったから、背中を押すようなこといっぱい言って、それで告白されたらびっくりして投げ飛ばしちゃって」


 どう考えてもひどい。


 そのあとみくには洋一にきちんと断りの返事をしたが、彼の打ちひしがれた様子が頭から離れない。


 今はもう自己嫌悪でいっぱいだ。


「なんだかあたし、サイテーじゃないかな!?」


「サイテーだな」


 拓真の容赦のない答えに、みくにはがっくりとうなだれた。


「やっぱ傷つけちゃったなあ。でもあたしはじめてだから、告白されたのって。そりゃあパニックにもなるよ~」


 拓真が嘲笑する。


「パニック? ホントは告白されて胸が躍ったんじゃないのか? うれしかったんじゃないのか?」


 なんだかいつもより変に絡んでくる気がした。


 が、みくには拓真と話せるだけでうれしい。


 普段はそっけない態度ばかり取られているからなおさらだ。


「驚いたけど、うれしくはなかった」


 みくにはいつものように素直な気持ちを伝える。


「告白された瞬間、頭の中が拓真くんでいっぱいになったんだ。拓真くんに告白されたらどんなにうれしいだろうって。あたし、やっぱり拓真くんが大好きだなあって」


 拓真は不機嫌そうにそっぽを向き「ふん」と鼻を鳴らした。


 その頬は、窓から差し込む夕陽が当たって赤い。


 吹奏楽部の演奏が聴こえてくる。

 グラウンドの打球音が時折耳に届く。


 それらは生徒会室の穏やかな静けさを際立たせ、互いの呼吸音や鼓動を心地よく意識させた。


 なんかいい雰囲気じゃん!


「拓真くん、あたしあなたが好き! 付き合おう!」


 雰囲気に流され、たまらなくなって告白した。


「無理だ」


「よ、四十八回目の大フラれ……」


 五歳で出会ってから、ついに十年が過ぎ、その間幾度も拓真に恋心を伝えてきたが、毎回決まってフラれてきた。


 どれだけアプローチしても、拓真の答えは決まって「無理」だった。


 そしてそのあとに拓真は付け加えるのだ。


「おまえには俺と悪に堕ちる資格がない」


 拓真とはじめて会った日の言葉を思い出す。


“君が僕と悪に堕ちるなら、ね”


 誘拐された拓真を助けた際に告白したら、そう言われた。


 拓真が悪に堕ちるとはどういう意味なのだろう?


 それを考えると、みくにの脳裏には必ず、拓真の父――王崎おうさき剛造ごうぞうが思い浮かぶ。


 人智を超えた力を見せ、圧倒的な存在感を放っていた剛造。


 その父との関係が、拓真に“悪に堕ちる”などと言わせている気がしてならなかった。


 けれどそのことについて拓真に尋ねても、彼はなにも答えてくれない。


 自分や父に関することはいっさい口にしないし、誘拐事件の際に見せたみくにのスーパーガールの力についてもなにも訊いてこない。


 まるであの日は何事もなかったかのような振る舞いに、自分たちの出会いもなかったことにされたみたいでさびしい。


 が、みくにの恋心はそれにめげるほどヤワではない。


 拓真と恋するために、自分は生き返ったようなものだから。


 彼との恋愛成就目指して突き進むだけだ。


 フラれてショックを受けるのはいつものことだけど、そのショックからすぐに立ち上がって前を向くのもいつものこと。


 生徒会室の中、青年の凛々しさがにじむ拓真の横顔に見惚れながら、みくには恋心の力で気持ちを立て直した。


 そのときだ。


 廊下から足音が聞こえ、みくにはハッとした。


 ほかの生徒会役員だろうか。


 もしそうなら出禁を喰らっているみくにがここにいたらよろしくない。


 自分はどんな罰を受けてもかまわないが、出禁を言い渡した生徒とふたりきりでいる拓真に迷惑がかかるかもしれないからだ。


 足音が近づいてくる。


 生徒会役員か、それとも生徒会に用があって訪れた生徒か。

 教師の可能性だってある。


 どちらにしても見つかりたくないと、みくには瞬時に考えた。


「拓真くん」


 みくにはとっさに身を乗り出し、拓真の腕をつかむと――。


「隠れよう」


「はあ!?」


 スーパーガール的スピードと身のこなしによって、拓真を引っ張ってロッカーに飛び込んだ。


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