生徒会室でロッカーに隠れていたみくにと拓真は、
「生徒会のひと、来てください! 講堂で保安委員会がたいへんなことを!」
駆けこんできた生徒に応じ、沙織と香織は生徒会室から出て行った。
彼女らの足音が遠ざかると、拓真はロッカーを飛び出し、汗ばんだ額にハンカチを押し当てた。
「身の危険を感じたぞ」
ロッカーの中で、どさくさまぎれに不埒なことを考えたみくには、拓真の警戒心あらわなまなざしに目をそらした。
「そ、そう言えば、たいへんなことってなんだろ?」
拓真はため息をつき、気を取り直した様子で生徒会室から出て行こうとする。
「拓真くん?」
「保安委員会は、“生徒会の犬”と呼ばれてるんだろ?」
保安委員会への不満は生徒会長の拓真の耳にも届いているのだろう。
しかし拓真は気にするそぶりもなく、逆に煽るように笑う。
「では、その犬に飼いならされる生徒どもは、犬以下ってわけか」
一瞬、瞳に酷薄な色をよぎらせ、拓真は生徒会室をあとにした。
拓真の発言の真意はみくににはとうていわからず、ただ胸騒ぎがする。
みくにはあわてて拓真のあとを追った。
三階建ての教室棟から渡り廊下でつながった講堂は、入学や卒業の式典、演劇部や軽音部などの催しに利用される大きなステージが設えてある。
放課後のステージはそれらの部が使用していることがほとんどだが、今はそこに保安委員会の生徒らが登壇し、ステージ下には百名ほどの生徒が集まって視線を向けている。
騒然とした物々しさと緊迫感。
それらはステージ中央に集約され、講堂を訪れたみくにはその異様さにぎょっとした。
生徒が縛られてる!?
ステージの真ん中には男子生徒がふたり座らされ、その手足は紐で縛られていた。
深々とうなだれたその生徒を、保安委員会の大勢の生徒たちが取り囲んでいる。
まるで罪人を囲んで糾弾しているかのようだ。
ともに生徒会室から移動してきた拓真は、講堂の壁際からステージ上を無表情で見つめている。
縛られた生徒のそばに立っている保安委員が声を上げた。
「怠惰である! 赤点を重ね、授業をさぼり、放課後は繁華街で遊びほうけ、ついに留年となったこの者は怠惰である!」
ステージ下の聴衆はそれを受けて地鳴りのような歓声を上げ、腕を頭上に突きあげる。
「身勝手な怠惰によって青野森高校の品位を下げた者たちは謝罪せよ!」
聴衆の生徒たちからは「土下座! 土下座!」とシュプレヒコールが湧き起こった。
「なにこれ……」
演劇部の発表のようにも見えたが、ステージ上の生徒たちは腕章をつけた保安委員だし、縛られたふたりの男子は目に涙を浮かべ、その悲愴感は演技とは思えない。
悪の波動のゆがみはどこにも生じていないが、その光景は異常に見えた。
とにかくやめさせようと、みくにはステージに向かおうとした。
が、腕をつかまれて止められた。
振り返るといつのまにかそばに拓真が立っていて、視線をステージに向けたまま、みくにの腕をつかんでいる。
「拓真くん!? あんなのとめないと!」
「どうして? 面白そうじゃないか」
拓真は唇に笑みを浮かべている。
「なに言ってんの! いくら保安委員でもやりすぎ!」
「その保安委員会を創ったのは僕だぞ。その意味、バカなおまえでもわかるだろ」
拓真の挑発的ないいぐさに、みくには言葉に詰まった。
たしかに保安委員会は生徒会直属。
学校側に働きかけ発足させたのは拓真で、すべて彼の指示によって動いているとも噂されている。
ということは、今ステージ上で行われていることも拓真の意向なのだろうか。
もしそうなら、それを止めることは、大好きな拓真に異を唱え、敵対することにつながるのかもしれない。
ふと、過去の記憶の引き出しが開いて、幼い頃の拓真の言葉がよみがえった。
“僕と付き合うなら、悪に堕ちないといけない”
拓真とはじめて会い、はじめて言葉を交わした日、ひと目ぼれして告白までしたみくにに、拓真はそんな言葉を返した。
拓真の真意まではわからないけれど、彼との恋愛を成就させるには、ともに悪に堕ちるくらいの覚悟が必要なのかもしれない。
けれどあたしはスーパーガールだから!
みくにはそこまで考えて、ニコリと笑い、拓真の腕をそっと外した。
「みくに?」
あたしにはあたしの覚悟がある。
眉根を寄せた拓真に「この僕と敵対するのか」と問われ、みくには彼をまっすぐに見つめた。
「拓真くんが道を踏み外そうとするなら、あたしが命がけで正しい道に引き戻してあげる。それがあたしの――愛!」
拓真は一瞬目を瞬かせた。
そんな彼にみくには「行ってくるね」と声をかけ、ステージ目指して駆けだした。