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(十二)

 保安委員による生徒二名に対する行き過ぎた行為を止めようと動いたみくにだったが、ステージに着く前に事態が動いた。


「それくらいにしなさい」


 凛とした女性の声が響き、ステージ下の生徒たちの歓声がピタリとやんだ。


 静寂の中に靴音を響かせ、ステージ袖から現れたのは岸辺野きしべの沙織と香織姉妹だった。


 あでやかな長い髪をひるがえし、悠然とたたずむ沙織と、それに寄り添い、隙のない視線を周囲に巡らす香織。


 対照的なふたりだが、一緒にいるとその独特な存在感に周囲が呑まれていく。


 保安委員会は生徒会直属だから、生徒会役員の岸辺野姉妹がこの場をおさめてくれるかもしれない。


 そう期待したみくには足を止め、ステージ上を見守ることにした。


「青野森高校の秩序を守るのが保安委員会の役目よね」


 腕組みをして問いただす沙織に、先程までステージ上で声を張り上げていた保安委員のひとりが挑むように応じた。


「そのとおり! このふたりは学生の本分を忘れ、身勝手な怠惰によって学校の秩序を乱した! よって罰を与える必要があると判断した!」


「そこまでの権限は保安委員には、というより、誰にもないわ」


「ふん、では見過ごせと? 生徒会役員ともあろう御方おかたが、そんなぬるい態度では生徒になめられるだけではないか」


 沙織は一歩前に進んで保安委員を睨みつける。


「わからないのかしら? 今、こうして騒ぎを起こして秩序を乱しているのが、あなたたち保安委員会だってことを」


「わからない。生徒会が役に立たないから、我々がこうして身を粉にして働いているのだと理解していただきたい」


 保安委員も進み出て、沙織とにらみ合う。


 その沙織の横で香織もまた保安委員たちに鋭い視線を送り、負けじと他の保安委員も敵視を向けてくる。


 双方のにらみ合いが続く中、みくにの横を拓真が横切った。


「現れないか」


 すれ違いざま、拓真の呟きが聞こえた。

 が、その意味はわからなかった。


 両手をポケットにつっこんだ拓真は、そのまま壇上に上がり、岸辺野姉妹と保安委員の間に立った。


 最初に岸辺野姉妹にうなずくと、沙織は肩をすくめた。


「行きましょう、香織」


「ん」


 現れたときと同じ優雅な足どりでステージをあとにする沙織と、それに付き従う香織。


 ふたりを見送ったのち、拓真はおもむろに保安委員に目を向けた。


 沙織とやりあっていた保安委員は、なにか言いたげに口を開きかけた。


 が、拓真の険しいまなざしがそれを許さず、気圧されたようにうつむくと、他の保安委員に向かって指示を出した。


「そいつらを解放しろ」


 指示を受けた保安委員は、縛られていた生徒の紐をほどいた。


 彼らが解放されその場から逃げるように走り去っていく頃には、ステージ下に集まっていた生徒たちも解散していた。


 ステージ上の保安委員たちも拓真に一礼して、ぞろぞろと去っていく。


 拓真くん、すごっ。なにも言わずに場を治めちゃった。


 その様子に感嘆していたみくにだったが、ふいに気配を感じ、視線を動かした。


「今のは……?」


 一瞬の鼓動の高鳴りと、悪の波動の気配。


 肌がざわりとするような存在がよぎったように思えたのだが、今はもう消えていた。


 気のせいだろうか?


 周囲を注意深く見渡しても、視界がゆがむ箇所も、怪しい人影もいっさいない。


 頭を捻ると、ステージ上の拓真と目が合った。


 思案気に眉をひそめていたが、やがて視線をそらすとステージ袖に去って行った。


 先程までの騒然とした状況が嘘みたいな静けさの中、なぜかみくにの脳裏には、生徒会室で聞いた岸辺野姉妹のやりとりがよみがえる。


“排除、するわよ”

“うん、排除”


“決行日は明日よね?“

“必ず、なしとげる”


 王崎拓真、岸辺野姉妹、生徒会、保安委員会……。


 それらを取り巻く状況下の中、なにかが起ころうとしているのかもしれない。


 誰もいない講堂で、みくにはひとり、漠然とした不安の中に佇んでいた。


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