目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

(十四)

「全生徒……保安委員会が選定した相手同士……恋愛を強制する」


 朝の青野森高校内に放送で流れた内容に、みくには呆気にとられた。


 意味がわからない。


 保安委員会が決めた相手と恋愛しろってこと!?


「冗談でしょ?」


 その声に答えるかのように、放送が流れた。


「これは冗談ではない……校則違反は……退学処分」


「バッカじゃないの!」


 みくには思わず声を荒げた。


 好きでもない相手との交際を校則で強制!?


 そんな理不尽がまかり通るわけがない。

 いや、まかり通らせるわけにはいかない。


 生徒の人権や想いを尊重してこその校則。

 それを踏みにじるものは、絶対に受け入れてはならない。


 しかしそんなみくにの憤慨とは裏腹に――。


 ぱち……ぱち……。


 クラスメイトから拍手が起きた。


 ぱち……ぱち……ぱち、ぱち。


 ひとり、またひとりと拍手をはじめ、それは瞬く間にクラス全体に広がった。


「み、みんな……!?」


 新たな校則に賛同する拍手は、みくにのクラスだけではなく教室の外からも、大波のように盛大に押し寄せてくる。


 まるで洗脳だと、みくには思った。


 生徒たちは皆、誰かに操られ、支配され、まともな判断ができずにいるに違いない。


 それを解かなくてはならないと、みくにが決意を新たにしたときだ。


「広小路先輩!」


 教室のドアが開いて飛び込んできたのは、川村洋一だった。


「川村くん!?」


 なにがあったのか、息を切らした洋一の制服は乱れ、袖口や裾が破れている。


 よく見ると頬や手にはいくつか擦り傷もついている。


「どうしたのそれ!?」


「保安委員会の連中ともみあいになって、なんとか逃げてきたんですけど」


 洋一は「たいしたことはないです」と気丈に応え、笑みを浮かべた。


「それより、広小路先輩が無事でよかった。保安委員会は勝手に校内を練り歩いてるし、生徒たちは様子が変だし。で、あの放送で、もうなにがなんだか」


 こんな非現実的な状況下で、傷まで負っている洋一。


 それなのにみくにの無事をよろこんでくれた優しさに、みくにの胸は熱くなった。


 と同時に、昨日の彼の告白にひどい断り方をしたことを思い出し、気まずさに目を合わせることができない。


 しかし今はそんなことを気にしてる場合でもない。

 まずはこの異常事態を解決するのが先だ。


「あたし、放送室に行ってみる。あの放送をしたヤツをとっちめたら、なんとかなるかもだし」


「僕も一緒に行きます!」


 意気込む洋一に、危険だからここにいるように告げるが、どうしてもうなずいてくれない。


「僕が広小路さんを守りますから!」


 キラキラした瞳で言われると、むげには断れない。


 説得する時間もないので一緒に来てもらうことにした。


 いざとなったらあたしが守ればいいよね。


 スーパーガールとして覚悟を決め、ふたりで教室を出ると、再び校内放送が流れた。


「恋愛強制化……現段階で決定している相手を……発表する」


 それを受けて、あちこちの教室から拍手が沸き起こる。


「なんなんでしょう、いったい。悪夢でも見てるみたいです」


 洋一が信じられないといった様子で頭を振った。


「こんなふざけた茶番、あたしがぜったいにやめさせてやる」


 そんなふたりの気持ちを逆なでするかのように、校内放送の不気味な声が生徒の名を告げていく。


「二年五組・吉沢奈津美……相手は……三年一組・山口富隆……」


 名前が告げられるたびに拍手が沸く中、みくにと洋一は廊下を駆けていく。


 放送室は校舎西棟一階の端。

 ふたりがいる東棟からは中庭を通っていくルートが一番早い。


 が、その中庭が窓から見える位置に来ると、洋一が突然足を止めた。


「川村くん?」


 洋一は警戒した目つきで、廊下の窓から中庭を見つめている。


 みくにもそれに倣って目を向けると、


「拓真くん!?」


 中庭の中央、ベンチのそばに拓真の姿があり、彼の前に十人ほどの生徒が整列していた。


 生徒たちの腕にはもれなく保安委員の腕章が巻かれてある。


 拓真は保安委員に向かってなにかを話しているが、内容までは聞こえてこない。


 みくにが聴覚を研ぎ澄まし、声を拾おうとしたときには、拓真の話は終わっていた。


 と同時に保安委員の生徒たちが、足早に四方に散らばっていく。


 みくにと洋一のほうにも数名が駆けてくるのが見え、ふたりは近くの階段下の用具置き場に身をひそめた。


 保安委員をやり過ごし、周囲を確認しながら中庭に足を踏み入れる。


 そこには拓真や保安委員たちの姿はすでになく、曇天のせいか花壇の花々は褪せて見えた。


「僕、思うんです。今、起きてることってすべて……」


 ためらいがちではあるが、洋一はそれを口にした。


 そしてそれはみくにの頭にも浮かんでいたひとつの可能性だった。


「すべて王崎生徒会長のしくんだことなんじゃないでしょうか」


 みくには否定も肯定もしなかったが、拓真ならこの状況を創りだすことも可能だとは思った。


 彼に不思議な力があることは知っている。


 幼い頃はじめて会ったときも、みくにの記憶を消そうとしたくらいだ。


 保安委員や生徒たちを支配下に置き、意のままに操ることだってできるかもしれない。


「だってそう思いませんか? 今だって保安委員を集めて、なにか指示を出してたし。そもそも保安委員会を創設したの生徒会長ですよね」


 完全に拓真を怪しみだした洋一は、先程拓真が立っていたベンチの前まで来ると、「あっ」と小さな悲鳴を上げた。


「こ、これ見てください! このお札!」


 洋一が指さしたのは、ベンチの背もたれ、そこに貼られた長方形の黒い紙だった。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?