「全生徒……保安委員会が選定した相手同士……恋愛を強制する」
朝の青野森高校内に放送で流れた内容に、みくには呆気にとられた。
意味がわからない。
保安委員会が決めた相手と恋愛しろってこと!?
「冗談でしょ?」
その声に答えるかのように、放送が流れた。
「これは冗談ではない……校則違反は……退学処分」
「バッカじゃないの!」
みくには思わず声を荒げた。
好きでもない相手との交際を校則で強制!?
そんな理不尽がまかり通るわけがない。
いや、まかり通らせるわけにはいかない。
生徒の人権や想いを尊重してこその校則。
それを踏みにじるものは、絶対に受け入れてはならない。
しかしそんなみくにの憤慨とは裏腹に――。
ぱち……ぱち……。
クラスメイトから拍手が起きた。
ぱち……ぱち……ぱち、ぱち。
ひとり、またひとりと拍手をはじめ、それは瞬く間にクラス全体に広がった。
「み、みんな……!?」
新たな校則に賛同する拍手は、みくにのクラスだけではなく教室の外からも、大波のように盛大に押し寄せてくる。
まるで洗脳だと、みくには思った。
生徒たちは皆、誰かに操られ、支配され、まともな判断ができずにいるに違いない。
それを解かなくてはならないと、みくにが決意を新たにしたときだ。
「広小路先輩!」
教室のドアが開いて飛び込んできたのは、川村洋一だった。
「川村くん!?」
なにがあったのか、息を切らした洋一の制服は乱れ、袖口や裾が破れている。
よく見ると頬や手にはいくつか擦り傷もついている。
「どうしたのそれ!?」
「保安委員会の連中ともみあいになって、なんとか逃げてきたんですけど」
洋一は「たいしたことはないです」と気丈に応え、笑みを浮かべた。
「それより、広小路先輩が無事でよかった。保安委員会は勝手に校内を練り歩いてるし、生徒たちは様子が変だし。で、あの放送で、もうなにがなんだか」
こんな非現実的な状況下で、傷まで負っている洋一。
それなのにみくにの無事をよろこんでくれた優しさに、みくにの胸は熱くなった。
と同時に、昨日の彼の告白にひどい断り方をしたことを思い出し、気まずさに目を合わせることができない。
しかし今はそんなことを気にしてる場合でもない。
まずはこの異常事態を解決するのが先だ。
「あたし、放送室に行ってみる。あの放送をしたヤツをとっちめたら、なんとかなるかもだし」
「僕も一緒に行きます!」
意気込む洋一に、危険だからここにいるように告げるが、どうしてもうなずいてくれない。
「僕が広小路さんを守りますから!」
キラキラした瞳で言われると、むげには断れない。
説得する時間もないので一緒に来てもらうことにした。
いざとなったらあたしが守ればいいよね。
スーパーガールとして覚悟を決め、ふたりで教室を出ると、再び校内放送が流れた。
「恋愛強制化……現段階で決定している相手を……発表する」
それを受けて、あちこちの教室から拍手が沸き起こる。
「なんなんでしょう、いったい。悪夢でも見てるみたいです」
洋一が信じられないといった様子で頭を振った。
「こんなふざけた茶番、あたしがぜったいにやめさせてやる」
そんなふたりの気持ちを逆なでするかのように、校内放送の不気味な声が生徒の名を告げていく。
「二年五組・吉沢奈津美……相手は……三年一組・山口富隆……」
名前が告げられるたびに拍手が沸く中、みくにと洋一は廊下を駆けていく。
放送室は校舎西棟一階の端。
ふたりがいる東棟からは中庭を通っていくルートが一番早い。
が、その中庭が窓から見える位置に来ると、洋一が突然足を止めた。
「川村くん?」
洋一は警戒した目つきで、廊下の窓から中庭を見つめている。
みくにもそれに倣って目を向けると、
「拓真くん!?」
中庭の中央、ベンチのそばに拓真の姿があり、彼の前に十人ほどの生徒が整列していた。
生徒たちの腕にはもれなく保安委員の腕章が巻かれてある。
拓真は保安委員に向かってなにかを話しているが、内容までは聞こえてこない。
みくにが聴覚を研ぎ澄まし、声を拾おうとしたときには、拓真の話は終わっていた。
と同時に保安委員の生徒たちが、足早に四方に散らばっていく。
みくにと洋一のほうにも数名が駆けてくるのが見え、ふたりは近くの階段下の用具置き場に身をひそめた。
保安委員をやり過ごし、周囲を確認しながら中庭に足を踏み入れる。
そこには拓真や保安委員たちの姿はすでになく、曇天のせいか花壇の花々は褪せて見えた。
「僕、思うんです。今、起きてることってすべて……」
ためらいがちではあるが、洋一はそれを口にした。
そしてそれはみくにの頭にも浮かんでいたひとつの可能性だった。
「すべて王崎生徒会長のしくんだことなんじゃないでしょうか」
みくには否定も肯定もしなかったが、拓真ならこの状況を創りだすことも可能だとは思った。
彼に不思議な力があることは知っている。
幼い頃はじめて会ったときも、みくにの記憶を消そうとしたくらいだ。
保安委員や生徒たちを支配下に置き、意のままに操ることだってできるかもしれない。
「だってそう思いませんか? 今だって保安委員を集めて、なにか指示を出してたし。そもそも保安委員会を創設したの生徒会長ですよね」
完全に拓真を怪しみだした洋一は、先程拓真が立っていたベンチの前まで来ると、「あっ」と小さな悲鳴を上げた。
「こ、これ見てください! このお札!」
洋一が指さしたのは、ベンチの背もたれ、そこに貼られた長方形の黒い紙だった。