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(十五)

 中庭のベンチに貼られた黒い紙には、赤い糸を無造作にまとめ、それを落としてほぐれた様子を描きうつしたような、奇妙な模様の塊がいくつか記されていた。


 そしてその模様に呑まれるように書かれた“神”の一文字。


 それだけが唯一読み取れるもので、一見してお札のように見えるが、風変わりでどことなく禍々しさがあった。


「先輩の教室に行くまでに、これと同じものを校内でいくつか見たんです」


 洋一はポケットから、しわくちゃになった数枚の黒いお札を取りだした。


「なんかイヤな感じがしたんで、剥がしましたけど。生徒がおかしくなってるのってこのせいじゃないでしょうか」


 みくには黒いお札をつまみ、表も裏も視覚を集中させて凝視したが、そこからは悪の波動は感じられなかった。


 けれど校内が異常な状況下にある中で、あちこちで見つかった謎のお札が無関係だとは思えない。


 もしそれを本当に拓真が仕掛けたのなら、いったい彼はなにをしようとしているのか。


 校内放送は、相変わらず恋愛強制化における、各自の恋愛相手を告げている。


 いずれ自分の名も呼ばれるのだろうか? そのときの相手は?


 そんなことが頭をよぎり、みくには身震いした。


 くだらない。


 あたしの相手は、拓真くんしかいないのだから。


 そんな愛する拓真が、恋愛強制化の校則化や生徒を支配するような真似をするとは思えなかった。


 そもそも動機がない。


 彼にはあたしという恋人(自称)がいるし、生徒を操らなくても、生徒会長の拓真のために力を貸す生徒はいくらでもいる。


 考えれば考えるほどわからなくなったところで、みくには自分の頭をポカポカ叩いた。


 違うでしょ、あたし! 拓真くんを信じないでどうする!


 運命の恋人、愛するパートナー。


 自分にとってそんなかけがえのない存在の拓真を疑うなんて恋人失格だ。


 失格になりたくないから、もう疑わない!


 最後にもう一発、自分の頭をポカッと叩いた。


「広小路先輩?」


 みくにの奇行に心配顔の洋一。


「ごめん、なんでもない」


 あたしは拓真くんを信じ、拓真くんが生徒会長を務めるこの青野森高校を、その生徒たちを守るだけだ。


 みくには黒いお札をポケットに入れ、中庭の向こうの西棟を見やった。


「あたしたちは放送室に向かおう」


 校内放送を止めれば、生徒たちは正気を取り戻すかもしれない。


 そうでなくても声の主は、この不気味な騒動に深く関わっていることに間違いはない。


 その人物を捕らえれば、騒動の解決へ近づくはずだ。


 みくにと洋一は校内を巡回している保安委員たちに見つからないよう、細心の注意を払いつつ、放送室へ向かった。


 西棟の廊下を進み、右に、左に曲がり、ようやく放送室が見えるところまでやってきた。


 しかし放送室の扉の前に立っても、みくにの視界には悪の波動がさほど視えてこなかった。


 もちろん登校時から感じている学校全体を覆うゆがみは、今も間断なく生じている。


 けれどその根源かもしれないと睨んでいた放送室からは、とくに強い波動が出ているようには思えなかった。


「三年二組・吉田彩里……相手は……二年一組・川崎正輝……」


 校内のスピーカーが恋愛強制化の組み合わせを流し続ける。


 そしてみくにの聴力は、放送室内からも同様に、生徒の名前を告げる声を聞きとっていた。


 まちがいない。この中にいるんだ。


 強い悪の波動は出ていない。


 だが、きっとこの中にいる者が騒動を起こしている張本人に違いない。


 みくには隣の洋一と無言でうなずき合い、そして放送室の扉を開けた。


 ほぼ同時に、校内放送が恋愛強制化の新たな組み合わせを告げた。


「二年三組・広小路みくに……」


 あたし!?


 室内に足を踏み入れたところで自分の名が呼ばれ、思わず動きが止まった。


「相手は……一年四組・川村洋一」


「え?」


 予想もしていなかった相手の名前と、室内のマイク前に置かれたテープレコーダーが回っている光景に、みくには息を呑んだ。


 室内には誰もいない。


 テープレコーダーが恋愛強制化の組み合わせの名を、鳴らしているだけだ。


 ていうか、あたしの相手が川村くん!?


 告げられた組み合わせにも狼狽し、背後の洋一に振り向こうとしたら――トンッ――背中を押された。


 二、三歩ほど進み、


「川村くん?」


 振り返ったときには、洋一の手によって放送室の扉が閉められ、鍵がかかる音まで響いた。


「僕たち恋人同士になれましたね」


 洋一はいつもの人懐ひとなつっこい笑顔を浮かべ、しかしドロリとした熱情を湛えた瞳で、みくにを見つめていた。


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