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(二)

 スーパーガール事件被害者の渋谷さんの話を聞いたKは、アイスコーヒーを飲みながら、残念そうに眉を下げた。


「スーパーガールって……、ああ、いや、その渋谷さんを襲ったそいつがホントにスーパーガールなら、ですけど」


「うん」


「なんだか地味ですね」


 マントを身に着けた格好は特異だが、やってることは素手で打撲程度の怪我をさせてるだけ。


 凶器もなく、物も取らず、謎めいた言葉を残すわけでもない。


 襲われた被害者にとってはたまったものではないし、怖い思いをしたことに間違いはない。


 が、事件そのものはKの言う通りいたって地味な印象だ。


『よく見れば怖い写真』みたいな、雑誌の箸休め的な小さなコーナーでも採用できないくらい、インパクトがない。


「他に三名、被害に遭ったってひとに話は訊けたけど、みんな、似たり寄ったりだったよ」


「その程度じゃ、警察だって動かないでしょう」


「被害届を出してるひともいるから、まったく動いてないってことはないだろうけど」


「本腰はいれないでしょうね」


 腕を組んで唸るKは、編集者として企画を進めるべきかどうか思案しているのかもしれない。


 わたしは、ネット上のスーパーガールに関する話題を集めたファイルを開いた。


「事件自体はしょぼいけど。それにしてはSNSでの扱いが多いんだよなあ」


 おかげで取材可能な被害者にたどり着くことができたのだけれど。


 まとめサイトや動画サイト、オカルト系や考察系、陰謀論をうたうアカウントにも取り上げられている。


 日増しに増えている印象がある。


「まあ、とりあえず次号の『よく見れば怖い写真』でスーパーガール第一弾を掲載しましょう」


 予想外にKからあっさりと企画のGOサインが出た。


「え? ホントにやるの? この間見せてもらったスーパーガールらしき写真は面白いけど、他にめぼしい情報はまだ……」


「そこはほら、桜さんの筆で、ね?」


 目を細めて笑みを浮かべながらも、Kの口ぶりには、そこはかとなく圧力めいたものがあった。


 要するに、『よく見れば怖い写真』で偽物の心霊写真に偽物のストーリーを加えるのと同じことを、スーパーガールの件でもやってくれと言ってるのだ。


 もちろん、わたしに拒否する理由はなかった。



 打ち合わせが終わり、Kと別れたわたしはタクシーをつかまえ、二十分ほど移動した町外れで降りた。


 そこには二十年ほど前に閉鎖した工場が、取り壊されもせずそのまま残っている。


 工場自体は大規模な造りではなく、町工場まちこうばと言った雰囲気の三階建て。


 だが、おかしなことに三階部分の壁や天井が取り除かれている。


 火事でも起きて三階部分だけ焼失したのかもしれない。


 それが原因で工場閉鎖のき目にあったのかもしれないが、そのあたりの経緯は調べてもわからなかった。


 なぜ調べたのかと言うと、この廃工場を『よく見れば怖い写真』で紹介したからだ。


 心霊スポットというわけではなく、その手の話はなかったが、廃屋は心霊的にそれだけで“おいしい”シチュエーションなので、利用させてもらった。


 その際にそれなりにこの場所について調べたわけだ。


 工場は、立ち入り禁止の看板が掛かったフェンスでぐるりと囲まれている。


 が、所々フェンスは破れているし、周囲の人通りも少ないので見咎みとがめられることなく侵入できてしまう。


 その破れたフェンスをくぐり、敷地内に入って周囲を見渡した。


 以前、『よく見れば怖い写真』のデザイナーと一緒に訪れたときにも感じたが、二十年近く放置されていた建物は、それ自体が息の根を止められたみたいに見える。


 不気味さよりも寂寥感せきりょうかんを覚える場所だ。


 なぜこんなところを再訪したかというと、偶然にもこの廃工場も、スーパーガール事件の現場のひとつだったからだ。


 被害者は藤井ふじい仁志ひとしくん。


 十四歳の中学生で、友人ふたりと肝試しのノリで廃工場に侵入。


 そこで一階部分を探索していた仁志くんの前にスーパーガールが現れ、いきなり殴りつけられたという。


 当初は腫れあがったが、骨などには異常なく、三日ほどで腫れも引いたらしい。


 仁志くんから事情を聞いた両親が、警察に被害届を出したという。


 今回、未成年ということもあって、本人には取材ができなかったが、周囲の人間から話を訊いた限りそのような経緯だ。


『よく見れば怖い写真』と関係のある場所に現れたスーパーガール。


 不思議な巡り合わせを感じ、現場を再訪してみた。


 といっても、一階部分に足を踏み入れ、ひととおり見て回ったが、手掛かりなんて見つからなかった。


 もちろん、たいして期待はしていなかったが。


 諦めて帰ろうと、一階の出入り口へ近づいたときだった。


 扉が開いたままのその出入り口に、人影が立ちはだかった。


 グレーのパーカに身を包んだ身体は小柄で、子供か女性に見える。


 パーカのフードを目深にかぶっているせいで口から下以外隠れてしまっていた。


 けれど聞こえてきた声は、やはり女のものだった。


「……――スーパーガールに関わるな」


 小柄なのに気圧けおされるような迫力のある口調だった。


 パーカの女が半歩ほど前に出ると、扉の陰になっていた彼女の左手があらわになった。


 その手には女の背丈よりも長い木刀が握られていた。


 剣先が床に付きそうな木刀を、パーカの女は片手で軽々と持ち上げると、わたしに向かって突きつけた。


 もうあと五センチほども突けば、わたしの鼻が砕かれそうな距離に息を呑む。


 訊きたいことは山ほどあるし、力ずくでも彼女を取り押さえれば、スーパーガールの手がかりに近づきそうな気はした。


 が、木刀を突きつけられたわたしは、動くことさえできない。

 口の中がカラカラに乾いていく。


 巨漢でもなく、大声で怒鳴るわけでもないのに、パーカの女の静かな迫力に完全に呑まれていた。


「スーパーガールに関わるな」


 女はまったく同じ口ぶりで同じことを言うと、スッと木刀を突き動かした。


 剣先がわたしの鼻先に軽く当たり、


「ひぃ」


 情けなくも小さな悲鳴を上げて、わたしはしりもちをついた。


 再び顔を上げたときには、パーカの女の姿はもういなかった。


 呆気にとられ、立ち上がることもできないわたしの脳裏に――“スーパーガールに関わるな”――パーカの女の声が何度もよみがえった。

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