目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第三章 二〇四五年

第三章 二〇四五年 (一)

 ハーミャイの町は隣国サルファとの国境沿いにある。


 交易が盛んで大小さまざまな店が建ち並び、大通りはハーミャイ内外のひとたちでいつでもにぎやかだ。


 さらに町の南にはリュー海を望む沿岸が広がっており、漁業はもちろん、美しい景観をウリにした観光業も人気を集めている。


 そんな恵まれた立地と、堅実で誠実な為政者いせいしゃ差配さはいによって、ハーミャイは大陸屈指の都市として発展し、今日もまた多くの冒険者のどころとなっていた。


「――ざっくりとだけど、ここがどんなところかわかった?」


 わたしは目の前で相槌あいづちをうっていた魔法使いに確認をした。


 赤いマント――“炎神えんじん外套がいとう”をなびかせ、“風神ふうじんのローブ”に身を包み、腰に巻いた“地神ちじんのベルト”には“水神すいじんつえ”を差している。


 全身、神コーデで、その値段も目が飛び出るくらい高くて有名。


 そのわりには装備者の能力にほとんど変化を与えないオシャレに特化した衣装だった。


 完全に金持ちアピールコーデね。


 そんな印象を受けたが、もちろん口に出しては言わない。


 活発そうな大きな目と、栗色の髪につけた碧いリボンがかわいい若い魔法使いは、先程“見習い魔法使いミクニ”だと名乗った。


 ミクニはハーミャイを訪れるのが初めてらしい。


 わたしがハーミャイの説明を話して聞かせている間も、物珍しそうにきょろきょろと目を動かしていた。


 対してわたしは騎士団長ミユを名乗り、小規模ながらも騎士団【海神かいじん】を率いている。


 長いブロンドヘアーと真紅の鎧姿のミユ団長の名は、今では知名度も高いだろう。


 そんなわたしが冒険に不慣れなミクニに、まずは冒険の拠点となるハーミャイの町を案内してあげているのだが、


「ねえ、ミユ。悪の大魔王倒しに行こう。悪者は絶対倒さないと」


 この世界のことはなにもわかっていないようで、無邪気にとんでもないことを言っている。


 興奮気味にぴょんぴょんと飛び跳ねているミクニを、わたしは呆れ顔でいさめた。


「そんなのまだ無理に決まってるって」


 魔族を率いる大魔王グラスヴァルグは世界の平和に暗雲を漂わせている。


 わたしたち冒険者は、その世界にあだなすグラスヴァルグを倒すのが使命だ。


 が、そのためには自分を鍛え上げて能力を上げていくだけでなく、共に戦う仲間を増やしたりして、正義の戦力を高めなくてはならない。


 しっかりと経験を重ね、準備をしなければグラスヴァルグはきっと倒せない……――はずなのに。


 ハーミャイに来る道中どうちゅう、ミズナルの森での出来事を思い返すと、なんだかその常識が揺らいでしまう。



 見習い魔法使いミクニをハーミャイに連れて行こうと、森の中の小道を進んでいたときだった。


 鬱蒼うっそうとした茂みがガサガサと不穏な音をたてて揺れ出した。


 気づいた当初は、道から遠かったが、その茂みの揺れはしだいにわたしたちがいるほうへ近づいてくる。


 ガサガサ……ガサガサ。


 それと同時に、地面を踏みつける重量感のある足音も聞こえだす。


 魔物か。


 ミズナルの森は、ハーミャイにほど近い、行商人も頻繁に行き来する比較的安全な場所だが、それでも野生動物や魔物は出現する。


「ねえ、ミユ。なんか悪の波動がするんだけど」


「悪の波動? 魔法使いにそんなスキルあった?」


「魔法使いじゃなくてスーパーガー……――、あ、いや、そうじゃなくて、勘よ、勘。あたしの勘が悪者の気配を伝えてきてるのよ」


 ミクニは早口で説明して、繁みの向こうに目を凝らしている。


 まだこの世界に慣れていないミクニは、魔物との戦闘どころか遭遇すらないはずだ。


「大丈夫よ、ミクニ」


 不安を覚えているに違いない。


 わたしはなるべく気楽な口調で応じた。


「このあたりの魔物は弱いものばかりよ。商人にだって倒せるくらいの雑魚ざこしか出現しないから」


 せいぜい大型犬ほどの大きさで、攻撃力もその程度の魔物ばかりだ。


 騎士団長のわたしなら目をつぶってでも倒せるだろう。


 それにしては足音が大きすぎる気もするけど……。


 かすかに胸騒ぎを覚えつつ、魔物の気配と、乱れ動く草木が近づいてくるのを見つめていた。


 ガサガサ……ガサガサッ……ガサッ!


 ついに足音と茂みの揺れが目前までやってきた。


「いちおう、わたしの背後に隠れていてね、ミクニ」


 見習い魔法使いにそう告げたときだった。


 茂みの中からのっそりと出現した大きな塊は、隆々とした四肢と無数のこぶのついた胴体を持ち、灰褐色の長い体毛は風もないのに、ほむらのように揺らめいている。


「え?」


 二本足で立ち上がった魔物は、わたしの背丈の二倍ほどに達し、押しつぶされたようなひしゃげた頭部には、一、二、三、四、五……緑色の五つ目が不気味に輝いている。


「さ、酸獣さんじゅうゴルモゴス!?」


 魔界を住処すみかとする巨体種の魔物。


 人間界で出現することは極めてまれで、わたしも魔物図鑑でしか見たことがなかった。


 たしかそれには、危険度Sの凶悪魔獣だと書かれていたはずだ。


「な、なんでこんな激強げきつよの魔物が、ここにいるのよ!? これ、勇者クラスじゃなきゃ倒せないヤツよ!」


 狼狽するわたしの隣で、ミクニが申し訳なさそうに肩を落とした。


「あたし、昔からよく悪者と出くわすから。職業柄、みたいな?」


「どんな職業よ!?」


 そんなわたしたちのやりとりをよそに、酸獣ゴルモゴスは頭部の五つ目から緑色の液体を流しだした。


 それを見たわたしは青ざめた。


「やばい! ゴルモゴスは目から強酸の毒液を噴射してすべてを溶かすの!」


 そんなのを掛けられたら最後、骨も残らないだろう。


「逃げるよ、みくに! とにかく全力で逃げられるだけ逃げる!」


 だが、大声を上げるわたしの横で、ミクニはさっきまで腰に差していた“水神の杖”を、いつのまにか両手で握りしめていた。


 しかし魔法使いの唯一の武器と言ってもいい魔法を唱えるには、杖を憑代よりしろに魔力を精製する時間が必要だ。


 なのに今は魔法発動に必要な時間なんてないし、だいいち見習い魔法使いに強力な魔法が使えるとは思えない。


「無理よ、ミクニ! 魔法を出す前に溶かされちゃう!――……え?」


 ミクニを引っ張ってでも逃げようと思ったら、見習い魔法使いはすでにゴルモゴスに殴りかかっていた。


 “水神の杖”を使って。


 ドカッ、ドカッ、ガツンッ。


 杖の先端の少し丸まった部分を使って、ゴルモゴスの頭を殴っていた。


 すごい容赦なく殴っていた。


 あんた、魔法使いだよね!? なんで物理攻撃!?


 ボグッ、メキッ、グシャッ。


 驚いたことにミクニが計六回殴ったら、ゴルモゴスは背後に倒れ、ピクリとも動かなくなった。


 倒れたゴルモゴスの巨体の上に立ったまま、ミクニは笑顔で額の汗をぬぐう。


「なんとかなったねえ」

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?