「ユリウス様!!」
ユリウスの姿を見て、真っ先に動いたのはカミラだった。
「どうしてここへ!?まあ、どうしましょう…わたくしの屋敷にユリウス様が…いえ、そんなことより、お茶の準備を!!最高級のものをご用意いたしますわ!!」
頬を染め上目遣いで猫撫で声まで出して、寄り添うようにして傍に寄る。これが一般的な女性の模範的反応だ。
カミラは急いで使用人達にお茶の準備や、席の用意をするように指示を出している。かたや、何故ここにいるんだ?という怪訝な表情で見つめるティナの姿。
そんなティナの傍へ寄ると、目の前に置いてあるカップに目をやった。
「…これは?」
泥水のように濁り、ドロッと粘り気のある飲み物だか食べ物なのかよく分からないものを眺めながら問いかけた。
「そ、それは……」
カミラは目を泳がせながら口ごもっている。チラッと助けを求めるように取り巻きらに視線を送るが、こちらとてユリウスに嫌われるのは嫌だと見えて、顔を背け目が合わないようにしている。
(女の友情も男が関わると簡単に崩れる…)
カミラは睨みつけるようにして見ているが、助けがいないと分かると、血が滲みそうなほど強く唇を噛みしめている。
「言えない代物ですか?」
「い、いえ、そんな訳では…」
何とかこの場を切り抜けようとしているが、上手く言葉が出てこないようだ。
「…そうですか。では、先ほど
ユリウスはそう言うと、笑顔でカミラの前に差し出した。
なんかサラッと凄い事言われた気がするが、そこを突っ込めるような雰囲気ではない。
カミラの方と言えば、憧れのユリウスに強要されたことで、顔面蒼白になりながらカップを眺めている。
「おや、おかしいですね。私の耳が確かなら、貴女の所では客人に得体の知れないものを出さないと宣言したはずですが?……まさか、嘘と言う訳ではありませんよね?
笑顔で問い詰めるが、その目はまったく笑っていない。
綺麗な顔をして中々嫌な言い方をする…ティナは苦笑しながら、今にも泣きだしそうなカミラを見た。好きな人に責められ、嫌われるなんてどんな拷問より辛いだろう。
ティナ自身も十分気が済んでいる。これ以上は過分になりすぎる。
「その辺にしてあげてください」
ユリウスの服の裾を引っ張り、止めに入った。
「恋する女性が嫉妬に狂うのは世の常。それに元を正せば、ユリウス様が美しすぎるのが悪いんですよ。じゃなきゃ、こんな面倒な争いごとにはなりませんでした。自分の責任を他人に擦り付けるのは止めていただけます?」
完全に責任転換。だが、あながち嘘も言っていない。
ユリウスはジッとティナを見つめると「ふっ」と微笑んだ。
「なるほど、それは私が悪いですね。申し訳ありませんでした」
そんな素直に頭を下げられたら、なんだか後ろめたさを感じてしまって、ユリウスの目が見れない。
「時に…ティナ。貴女も私を美しいと思いますか?」
急に話を振られ「え、ええ」と思わず反射的に応えてしまった。その言葉にユリウスは満足そうに微笑んだ。
まあ、この人を美しいと言わないで誰を美しいと言うのだろうか。女であるティナですら、時間をかけて念入りに化粧を施しても勝てる気がしない。
「仕方ありませんね。
刺すような視線で言われたカミラと取り巻き達は地面にしゃがみこみ、顔面蒼白で震える体を寄せあっていた。
多少憐れには思うが、まあ、自業自得。これ以上の情けをかけてやる義理はないので、速やかにその場を後にした。
❊❊❊
「…何処まで付いてくるんです?」
ティナの後ろにピッタリ張り付き、付いてくるユリウスに声をかけた。
予定より早い解散に迎えの馬車が間に合わず、仕方なしに歩いて屋敷を目指しているが、後ろの男が気になって仕方ない。
「私の事はお気になさらず」
「気になるから声をかけたんです」
「それは嬉しいですね。気にかけて頂けるなんて」
ニコニコとしながら的外れな答えを返してくる。こういう
ティナはピタと足を止めて、ユリウスに向き合った。
「先日もお伝えした通り、貴方とお付き合いするつもりは微塵もありません。微かな希望すらも有り得ませんので、付き纏われるだけ迷惑なんです」
顔を顰め、嫌悪感を前面に出して言うが、ユリウスは顔色ひとつ変えない。
「そんな蛇蝎の如く嫌われたら、流石の私も自信を無くしてしまいますね」
心にも無いことを、平然と言ってのける。
「──ですが…一つ、忠告しておきます」
そう言って距離を詰めてくる。
「狩人は逃げる獲物を追いかけ仕留めますよね?それと同じです。逃げれば逃げるほど、追い詰めたくなる…」
目を細め、ほくそ笑む姿に首筋にゾクッとしたものが走る。
「いくら逃げようと無駄ですよ。必ず私の虜にしてみせます」
耳元で息がかかる距離で言われたことで、執着されている理由が判明した。
(あ~…はいはい)
公衆の面前でフラれ、彼のプライドは粉々に砕かれた。百歩譲って、絶世の美女クラスなら致し方ないと言えるが、相手は美女とは無縁の雑草クラス。
恥をかかされた怒りを私にぶつけようという魂胆か。惚れさせて今度は自分がこっぴどくふってやるって所か…
(これだから無駄に自信のある奴は…)
そもそも、誰にでも好みと言うものはある。世の女性皆が自分に気があると思ったら大間違いだ。
ティナは鋭い眼光でユリウスを睨みつけた。
「…死んでも、あんたなんか好きにならない」
「いいですね、その表情…ゾクゾクします」