……この日、ティナは父である伯爵の代わりに領地の視察へと訪れていた。
『領地』なんて大それた名で呼んでいるが、辺境にある小さな町。住んでいる者は少ないが、皆家族のように仲がいい。作物が良く育つ土壌だったらしく、小さいながらも豊かに和やかに暮らせている。
そんな領地へ到着したのは昼過ぎ。
珍しく賑わっている様子に、首を傾げながら馬車を降りた。すると、四方八方から人々が駆け寄ってきて、祝いの言葉を口にし始めた。
「ティナ様、おめでとうございます!!」
「いやぁ、大物をものにしたなぁ」
「羨ましいですよ!!」
「これで、お父上も安心ですな」
自分事の様に悦び歓喜する人々を見て、嫌な予感と不快感が全身を駆け巡る。
まさかこんな辺境の土地にまで話が伝わっているとは思いもしなかった。どうやって言い訳をしようか。それよりも早く誤解を解かなければ。そんな事ばかり考えていて、自分に近づいてくる気配に気が付かなかった。
「皆さん、ありがとうござます」
透き通った声と共に、肩を抱き寄せられた。その瞬間、湧き上がる歓声と黄色い声。そして、苛立ったように顔を歪めるティナ。
なるほど?私がここに来る前に皆を言いくるめて、逃げ道を塞ごうってか?フラれた暁には、領地に籠って慰めてもらえって?随分馬鹿にしてくれる…
チラッと顔を見れば、勝ち誇ったように微笑み返された。
(…………)
この程度で勝った気でいるとは安い男だ。
ティナは満面の笑みでユリウスの顔を見上げながら「離せカス」と暴言と言える言葉を言い放った。
周りの者は聞き間違かとお互いに顔を見合わせている。騎士でもあるユリウスが、暴言を吐かれて黙っているはずないと心配もあるのだろう。
だが、その心配は不要。ユリウスは不快感を表すどころか、頬をうっすらと染めて艶めかしくティナを見ている。見ている側は違う意味で心配になり、苦笑いを浮かべていた。
「そ、そういえば、ティナ様にお話があるんです。──な、みんな?」
「あ…?あ、ああ、そうなんです」
笑顔で睨み合い、小康状態を貫く二人の気を逸らそうと、町長が声をあげた。その声に同調するように、一斉に声が上がり始めた。
「実は、最近この辺りに質の悪い盗賊が住み着いてまして、被害に合ったと言う声が頻繁にあって困っているんです」
「今はまだ物だけで済んでいるが、いつ命を取られるか…若い娘も多いし心配なんだよ」
「近隣の町に行くにも怖くて」
口々に訴えてこられたら、領主の娘としても黙っている事は出来ない。
「みんなに不自由をさせてしまったわね。ごめんなさい。すぐに対策を練るわ」
安心するように言葉をかけたが、ティナ一人だけではどうにか出来る問題ではない。屋敷に戻り、事の経緯を父に話すことが先決。
「とりあえず、衛兵を置きましょう」
今できる最善の事をしようと、自警団へ連絡を入れようとした。だが、それを止めるかのように、ユリウスが前に立ちはだかった。すぐにティナが怒鳴りつけようとするが、ユリウスの冷たい視線にヒュッと息と共に言葉を飲み込んだ。
「お忘れですか?こう見えて、私も騎士の端くれですよ?そのような者が傍にいるのに自警団を頼るなど…流石に妬けますね」
端くれも何も、副団長という肩書を持ったトップクラスの者だという事は承知している。そもそも、騎士だと知っていても、こんな辺境の町の者達の為に動くとは思えない。
だからこそ、簡単に呼べる衛兵をと思ったのに…何をそんなに怒る事がある?
「その盗賊と言うのは、何人程でしょうか?」
ユリウスが傍にいた者に聞くと、四~五人程度だという事が分かった。頭であろう男は結構な大男で、大きな鎌を持っているらしく、見ただけで腰を抜かす者が多いらしい。
「なるほど…まあ、大したことありませんね。一時間……いえ、30分程で戻ってきます」
「は!?え、ちょっと!?」
引き止めるティナに笑顔で手を振り、町を出て行った。
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「そろそろ約束の時間ですが……」
「ユリウス様に限って……なあ?」
ユリウスの言った30分が目前に迫り、町の者達がソワソワしながら入り口を見ている。ティナは平然な顔をしているが、時折チラチラと気にしているのをみんなは気付いてる。
「あ、来た!!」
その声に振り返って見れば、全員が目を見開いて驚いた。ユリウスは自身の倍ほどある男を担ぎ、両手には数名の男を引きずりながらこちらに歩いてくるではないか。
「今戻りました」
ドサッと男達を地面に投げ捨てるように置いた。全員気を失っているだけで息はある。改めてユリウスを見るが、疲れた様子もなければ怪我をしている様子もない。
噂では聞いていたが、いざこうして強さを実感すると驚きよりも若干恐ろしさを感じる。まあ、そう思っているのはティナだけで、町の者達は歓喜に沸いている。
「これで自警団は必要ありませんよね?」
「ええ……ありがとうございます……」
不本意だが、助かったのは確かなのでお礼は言う。
「いえいえ、貴女が他の男に頼るなんて許せなかっただけですので、気にしないでください」
「…………」
息を吸うかの様に白々しい言葉を吐く…そこまでして気を引きたいか?そう思いながら、みんなに囲まれるユリウスを見つめていた。