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第12話

 ティナは目を見開いて、何が起こっているのか混乱する頭で理解しようとしていた。


(は……?なに……?)


 理解が追い付かず戸惑っていると、ゆっくりと唇が離れて行くのが分かった。離れても柔らかな感触は残っている。茫然としながら自分の唇をそっとなぞると、ユリウスは見せつけるかのように舌なめずりをする。


 その姿は腹立たしい程に艶っぽく妖艶だと思った。そこでようやく理解が追い付き、全身が真っ赤に染まった。


「な、ななななな…ッ!!」

「すみません。あまりに可愛くて…我慢ができませんでした」


 詫びを入れてくるが、その姿勢は微塵も悪いと思っていない。ユリウスからしたらキスなんて挨拶みたいなものなんだろうが、こちらとしたらキスなんて初めての事。

 こういうことは付き合った上で、お互いの了承を得てからするものであって、騙し討ちのようにするもんではない。


 確かにムード的には完璧だったかもしれない。だがしかし、そういう事じゃない。


 ああ…男に慣れていない初心な女はキス一つで簡単に堕ちるとでも?……いい加減にしろよ。


「……ユリウス様、ちょっと……」


 顔を俯かせて、ユリウスを呼びつけた。


 パンッ!!


 花火の音に被せるように、頬を殴りつける音がその場に響いた。


「これでチャラにしてあげます。拳じゃないだけありがたく思ってください」


 ティナは痺れる手を振りながら、殴られたままの姿勢で黙っているユリウスに伝えた。口で文句を言うより、物理的に文句を言った方が効くと思ったから。というか、殴られずにはいられなかった。


「そして、私の前に現れないでください」


 それだけ伝えると、ユリウスを残して立ち去った。



 ❊❊❊



 ティナは屋敷に戻るなり、ドカドカッと足音を立てて私室に籠った。


「え?今の姉さん?」


 すれ違ったグイードにも目もくれず、一目散に私室へ入って行くティナを見れば何かあったのは容易に察することができる。


「あんな荒れてる姉さん始めて見た」


 グイードと同様に、使用人達も驚きと戸惑い混じりにティナの部屋の前でウロウロしている。


 何があったか知りたいが、今の感じでは教えてはくれないだろう。まあ、聞かなくても、大体誰が原因かは見当がついている。


(……あいつ……)


 ユリウスを思い出しながら、拳を強く握りしめた。


 簡単に折れる相手ではない事は分かっていたが、ティナを傷つけたとなれば本格的に動く必要がある。もう二度とティナに近付かない…いや、ようにする必要がある。


 策を練る必要があるな。と考えながら、ティナの部屋の扉をノックした。


「姉さん。ちょっといい?」


 何があったのかは聞かないが、を入れることは可能だ。


「…………今日はダメ」


 声のトーンも大分暗い。


「そんな…僕、姉さんと話がしたくて、祭りにも行かないで我慢してお留守番してたのに…」


 寂しかったと声でアピールし、縋るようにお願いをする。


 祭りに行かなかったのは本当だし、ティナを待っていたというのも本当。まあ、街へ出れば獣のような眼で男を狩ろうとする令嬢ばかりで、相手をするのが鬱陶しいからと言うのが一番の理由なのだが……そこは黙っておく。


「…………分かった。少しだけよ?」


 何だかんだ義弟に甘いティナは、簡単にグイードの罠に引っかかる。


(簡単に騙されちゃって可愛いなぁ)


 ニヤッと不敵に笑うと、部屋へ入った。


 部屋の中は灯りも付けずに真っ暗で、ベッドに目やれば不自然に盛り上がっている。グイードは躊躇うことなくベッドの端に腰かけた。


「ねぇ、何があったは聞かないけど顔ぐらいは見せて?」


 布団の上から撫でるように手を置くと、優しく声をかけた。


「!?」


 ゆっくり顔を出したティナの頬は薄紅色に染まり、目には薄らと涙の跡が…


 グイードはギリッと歯を食いしばり、血が滲むほど拳を握りしめた。ここで声を荒らげてしまったら元も子もない。


「疲れたでしょ?久しぶりにカモミールティーでも淹れようか?」


 気付かないフリをして、平静を装った。ティナはその言葉に、勢いよく布団から頭を出した。


「グイードが淹れてくれるの!?」

「勿論。姉さん好きでしょ?」


 ティナはグイードの淹れるカモミールティーが何よりも好きだった。仕事の忙しいグイードに「お茶を淹れて」なんてお願い出来るはずもなく、寂しい思いをしていた。


 部屋にカモミールのいい匂いが漂ってくると、自然と気持ちも落ち着いてきた。一口飲むと更に気持ちが落ち着き、笑みがこぼれる。


「はぁ~…美味しい」

「それは良かった」


 向かい合いながらグイードも口にする。ティナの様子に気を配りながら、ゆっくりと口を開いた。


「…祭りはどうだった?花火、見たんでしょ?」


 その瞬間、ティナの肩がビクッと跳ねた。


 本当、分かりやすい。と思いながらも、自然に振る舞う。


「僕も見たかったなぁ。来年は一緒に見ようね」


 チラッとティナの方に視線を向けながら問いかけた。ティナはカップを強く握り俯いている。グイードは余程怖い目にあったのだろう。可哀そうに…と思っていたが、覗き込んで見たティナの表情に言葉を飲み込んだ。


(…………………………あれ?)


 眉間に皺を寄せ、苛立ちと嫌悪感を全力で出した挙句に「あ゛?」と聞いた事のない声で睨まれた。


(なんか、思ってた感じと違うんだけど?)


 グイードは戸惑いながら恐る恐る声をかけてみた。


「えっと……楽しかった……んだよね?」


 ティナは「ええ、勿論」と応えながら、ゾクッとするほど不気味な笑みを浮かべた。


「強制的に招待され、ご令嬢達の反感を買った上に人気のない場所に連れ出され、散々罵声を浴びさせられた挙句に殴られ…やれやれと思った矢先に、あの男……!!」


「思い出しただけでも腹が立つ」と怒りを露わにしているが、話を聞いていたグイードの方は顔色を悪くしている。


「ちょ、殴られたって!?誰に!?大丈夫なの!?」


 慌てて傷がないか全身を確認するように見渡すが、傷がない事が分かるとホッと安堵した。手を出されたとなれば、流石に冷静ではいられなかった。


「姉さんに手を出した命知らずは誰?教えて?大丈夫だよ。尻尾が掴まれなようにするから」


 目を光らせながら言うが、ティナに「必要ない」と止められた。


 まあ、自分が動かなくてもあの男が黙っていないだろう。それよりも、あの男と何があったのか聞きたいところだが……ティナの様子を見る限り、好感よりも嫌気が増幅しているのは分かった。


(ざまぁwww)


 これ以上深堀しているとグイード自身も嫌われる可能性がないとも言い切れないので、この話題を早々に切り上げ、他愛のない話に移行した。いつの間にか部屋の中から笑い声が漏れるようになり、使用人たちも安堵の表情を浮かべていた。



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