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第14話

 アンティカと挨拶を交わしてから数日が経った。


 あの日、傷を負って帰って来たティナを見たゼノは、すぐに何があったのかを察した。

 痛々しく包帯を巻かれた手を見るなり、悲痛な表情を浮かべた。かと思えば、すぐに殺気に塗れた表情に変わる。


「………忠告だけじゃ伝わらなかったみたいだね」

「え?」

「何でもないよ。手見せて」


 包帯を取り、ゼノが手をかざした。淡いピンク色の光に包まれたかと思ったら、傷がみるみるうちに塞がっていくのが分かった。普段は、おふざけが過ぎる女にだらしないクズみたいな男だか、こういう時は本当に頼りになる。


「ありがとう。助かったわ」


 手を擦りながらゼノにお礼を言う。


「お安い御用だよ。この程度なら旦那も出来るから、次は旦那に頼めばいいよ」

「次もあるような事言わないでよ。縁起でもない……」

「あははは、そうだね。ごめんごめん」


 険しかった顔が、いつものゼノの表情に変わって少し安心した。


「…俺は何があってもお嬢さんの味方だからね」


 改まってそんな事を言われた。急にそんな事を言うものだから驚いたが、何故だか深く追及してはいけない気がして、ティナは黙って微笑み返した。




 ❊❊❊




 ここ数日、巷で妙な噂が立っている。


 ユリウスとアリアナが正式に婚約を結んだと言うものだ。ティナからすれば吉報で喜ばしい事なのだが、周りの憐れみとざまぁという嘲笑わう視線が煩わしく鬱陶しい。


 婚約を結んだというが、ティナにはどうにも信じられなかった。何故なら──


「ティナ。お見舞いに参りました」


 両手にいっぱいの薔薇の花束を持ったユリウスがティナを訪ねて屋敷を訪れているのだから…

 ゼノから怪我をしたと聞いたユリウスは、その日のうちにティナを訪ねて来ていた。


「貴方も懲りませんね。姉は療養中です。そもそも誰のせいで怪我をしたと思ってるんです?」


 当然簡単に会えるはずなく、グイードという防波堤に拒まれていた。傷はゼノに治してもらったし大丈夫だと言ってもやって来ては、グイードと睨み合う始末。


「ですから、私が責任をもって体と心のケアをしなければと思っている所存です」

「それが要らぬお世話だって言ってんの」


 最初こそ使用人達が止めに入っていたが、今じゃ気にもとめない。


「本当、いい加減にしてくれる?僕が何も知らないと思ってんの?」


 鋭い視線を送りながら詰め寄るが、ユリウスは微動だにしない。


「アンティカ嬢」


 その名をグイードが口にすると、綺麗な顔が一瞬歪んだ。


「婚約者なんだって?いいんじゃない?自分が欲しいと思ったものは、人を傷付けても奪い取る気狂いの女。かたや、人の気持ちを一切無視して付き纏うイカれた男。お似合いだよ、あんたら」


 グイードは見下し蔑みながら言い切るが、ユリウスは黙ったまま俯いている。


「さあ、用が済んだのならお引取りを…もう二度と来ないで下さい」


 扉を指さしながら促した。ユリウスはゆっくりと顔を上げると、階上から見ているティナと目が合った。


 ティナは「しまった」と思ったが、あまりにも切ない表情で見るユリウスを見たら逃げることを忘れ、その場から動けなくなってしまった。


「ティナ。よく聞いてください。私が想う相手はただ一人、貴女だけです。それだけは覚えておいてください」


 その言葉を残して、グイードに背中を押されて無理やり追い出される形で屋敷を出て行った。


 いつもなら戯言を言っている程度で聞き流すが、今回に限っては何故だか胸に残ってしまっている。


「二度と目の前に現れるなって言ったのに…」


 誤魔化すかのように、頭を掻きながら呟いた。


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