ベントリー公爵の登場に、アンティカは目を輝かせて傍に寄った。
「お父様!!陛下がおかしなことを言うのです!!わたくしがユリウス様の相手なのに!!」
「黙れ」
必死に訴えるが、公爵から出た言葉は冷たいものだった。
「殿下、ユリウス殿。娘の愚行及び暴言……父であるわたくしがお詫び申し上げます。大変申し訳ありません」
あれだけ騒がしかったアンティカも、実父が深く頭を下げて謝罪する姿を目にして言葉を失ったようだ。
「お父…様…?」
そっと腕に手を伸ばしたが、パチンッと弾かれた。信じられない表情で見つめるアンティカを、公爵は蔑むような目を向けている。とても自分の子供に向けるような目ではない。
「お前には失望した。あれだけユリウス殿は諦めろ言っておいただろ」
「……」
「自分が何をしたのか、この場で吐きなさい」
「────ッ」
鋭い目で問い詰められると、驚愕の表情で唇を噛みしめている。その答えを言うつもりはないらしい。
「……言えないか……」
公爵は溜息を吐きながら「自分の口から話す事が出来たら、まだ救いがあったのだが」と残念そうに呟いた。
「ユリウス殿。私からはもう言う事はありません。この度は大変ご迷惑をおかけいたしました。娘は修道院へ入れます」
「はぁ!?」
ユリウスに向き合うと改めて深く頭を下げて謝罪するが、黙っていられなのがアンティカだ。
「何を言っているの!?正気!?わたくしが修道院!?ありえない!!わたくしはユリウス様と一緒になるのよ!?」
この期に及んでもまだ自分がユリウスと一緒になる事を夢見ている。最早、周りの者達の目は奇異の目に変わっている事に気付いているのだろうか。
「ユリウス様!!黙っていないで何とか言いて下さい!!貴方の愛する方は誰なのか!!」
再びユリウスに詰め寄ると、ようやくユリウスと目が合った。アンティカは一瞬、喜びを浮かべたがすぐに絶望に変わる。
「やれやれ…あれだけ忠告しておいたのに…残念です」
「…………………………え?」
ゾッとするほど冷たく、恐ろしい表情で見下ろしてくる。アンティカは額に汗を滲ませ顔を引き攣らせているが、今更引けない。
勢いが完全に失われ「ゆ、ユリウス様……?」と小さな声で言うのが精一杯に見える。
「その自信がどこから出てくるのか不思議なんですが……私がいつ貴女を愛していると口にしました?私が愛する者は未来永劫ティナだけだと決まってます」
……決まってませんよ?
「だ、だって…婚約者だと…今日だって、こうしてエスコートして…」
「それは貴女が勝手に広めた噂にすぎません。
言葉を濁すことなく、はっきりと言い切った。
どうも巷で広まっていた噂は、アンティカ自身が広めた自作自演だったらしい。噂が広まれば、ユリウスも決心してくれるだろうと言う安易で陳腐な考えだった。
「で、ですが、わたくしにゼノ様を付けてくださったではありませんか!!」
食い下がってくる根性だけは認める。
「ああ、それは貴女を護る為じゃない。貴女を監視する為ですよ。……貴女が私にしたように……」
ユリウスの言葉にアンティカは「は?」と間の抜けた反応を見せた。
「ゼノ」
「はいはい」
チラッと目配せすると、ゼノが指をパチンと鳴らした。すると、目の前に縄に捕らわれた黒ずくめの男が数人現れた。
説明しなくて分かる。こいつらはアンティカに雇われた刺客だ。その証拠に、アンティカの顔色が徐々に悪くなっている。
「この者らの雇い主が誰か…聞かなくても分かりますよね?」
「…………」
「私に媚薬を混ぜて、既成事実を作ろうとした所までは許せましたが、ティナを傷付けようとしたのはいただけませんねぇ…?」
肌がピリつくほどの威圧感。こちらまで息を飲んでしまう。
ティナの方は何が何だかで、小声でゼノに説明を求めると簡単に説明してくれた。
「俺がお嬢さんの傍にいるより、あの女の傍にいた方が効率が良かったんだよ」
ティナが知らないだけで、何度も強姦や命の危機にあっていた。その度に、ゼノが内々に処理してくれていたと言うんだから、感謝してもしきれない。
(なんか…裏切り者って言ってごめん…)
因みに、ゼノと初見で出会った時に襲ってきた者もアンティカの手の者だった。
「あの女はね、少しでも不安要素を残すのが嫌なんだよ。お嬢さんと言う存在がある限り、その不安は拭えない。例え、お嬢さんにその気がなくともね…」
「…臆病な人なのね…」
気が強そうに見えても、内に秘めたものは隠せない。ただ、それで全てが許されるのかと言えばそうでは無い。
「アンティカ嬢、貴女には詳しく話を聞く必要があります」
「い、嫌よ…わたくしは悪くない…!!」
いつの間にかアンティカは騎士に囲まれており、団長のレイモンドが声をかけている。
アンティカは髪を乱しながら否定し続け、誤解だと叫びながらユリウスに助けを求めている。
「こんなのおかしいわ!!ユリウス様は騙されてのよ!!わたくしが目を覚ましてあげる!!そんな女よりわたくしの方が相応しいの!!……そうよ、わたくしこそがユリウスの婚約者なのよ!!」
気が触れたかのように不気味な笑い声を残して、会場から連れ出されて行った。その後を追うように、父である公爵が一礼した後に会場を後にして行った。
全員がしばし茫然と扉を眺めていたが、陛下の咳払いで我に返った。
「あぁ~…多少の騒ぎはあったが、気を取り直して楽しんでくれ。儂からの言葉は以上だ」
簡潔的に言うと、パチパチッと一人の拍手が上がった。それに続くように会場は大きな拍手に包まれた。
その拍手に紛れるようにティナはゆっくりと後退りし、会場を出ようとしていた。
「ティナ」
逃がさんとばかりに肩を掴まれた。振り返り、目に映ったのは満足そうに嬉々とした表情を浮かべるユリウスだった。