「金輪際関わるなとお伝えしたはずですが?貴方の耳は飾りですか?」
ティナは冷ややかに言う。
「先日は申し訳ありませんでした。
真っ先に謝罪され、どういう事かと話を聞く事に。
それによると、ユリウスにはアンティカが送り込んだ見張りの目があり、行動が制限されていたらしい。撒く事や捕縛する事は簡単だったが、自分に気を引き付けておけばティナに向ける目が少なくなると考え、敢えて見ぬふりをしていた。
そんな中、ティナが自分を訊ねてやって来た。
「抱きしめたい衝動を抑えるのは、どんな拷問よりきつかったですね…」
その顔は嬉しそうに艶然と微笑んでいる。
どんな理由であろうと、ティナが自らの意思で来てくれた事実が嬉しかった。かといって、甘い顔は出来ない。そこで、いっその事興味を失ったと思わせて、ティナから離してしまおうと考えた。ティナには嫌な思いをさせるが、これもティナを護る為だと容赦なく演じたのだ。
「冷たくあしらうのが、こんなにも苦痛に感じたのは初めてですよ」
それだけ伝えるとユリウスはティナの手を引き、自分の腕の中に引き寄せた。
「ようやくです……ようやく、貴女の
「は…?何を言って──?」
ティナを抱きしめジッと瞳を見てくるユリウスだが、嬉しそうに頬を緩めているのに、何故だろう…今にも泣きだしそうだった。一体何故そんな表情をするのか理由が分からず、ただただ困惑しながら吸い込まれそうなほど綺麗な翡翠の瞳を見つめていた。
「姉さんから離れろ」
見つめ合う二人の間を割くように、鋭い刃が目の前に飛び込んできた。横をみれば、そこには今にも殺さんばかりの殺気を放ったグイードが立っていた。
「義兄に刃を向けるものではありませんよ?」
「僕はお前を兄だと認めた覚えはない」
「認めようが認めないが、結果は出ています」
「…………………………」
したり顔で言うユリウスとは反対に、グイードは悔しそうに顔を歪めている。
国王陛下から婚約者だと公言されてしまった以上、ユリウスの婚約者はティナだ。それはもう覆す事のできない事実。しかし陛下が認めたと言う事で、文句を言ってくる者が格段に減るという利点もある。
陛下が憐れむような目でティナを見ていたのは、この男が裏で何かしたに違いない。陛下まで巻き込んで囲い込むなんて…
(冗談の域を超えてる…!!)
「もう逃げれませんよ?ティナ」
ユリウスはティナの手の甲にキスを落としながら微笑んだ。
夢なら早く覚めて……!!
❊❊❊
「一睡もできなかった……」
次の朝、ティナは昨日の事が頭から離れず、眠る事が出来なかった。正直、どうやって帰って来たのかさえよく覚えていない。
疲れた顔で部屋を出ると、食堂に向かうグイードと会った。
「あ、姉さん……おはよう……」
こちらもこちらで酷い顔をしている。
二人で食堂へ行くと、そこにはとても朝食とは思えない程のご馳走が並んでいた。先に席についていた父と母に目をやると、溢れんばかりの笑みを浮かべている。周りの使用人達も同じように頬を緩めている。
「えっと……」
冷や汗が止まらない。
「ティナ、婚約おめでとう」
「ティナちゃん、おめでとう」
「「おめでとうございます」」
父の言葉を皮切りに盛大な拍手とお祝いの言葉が飛び交う中、席に通される。隣のグイードはただならぬオーラを放ちながら席についた。
「本当、羨ましいわぁ」
「おいおい、君には私がいるだろ?」
「あら、やきもちですか?可愛らしい事」
喜び全開の両親はこちらの顔色など気にしている素振りは全くない。それどころか、目の前でいちゃつく始末。仲がいいのはいいことだが、寝起きに見る者の気持ちにもなって欲しい。グイードなんて無の境地に陥っている。
周りが終始こんな感じなので、すぐにでも席を立ちたいティナは掻きこむように朝食を口に入れた。味もなにも分かったもんじゃない。
後を追うようにグイードも席を立ち、ティナの部屋へやってくると、二人とも血の気の引いた顔でソファーに座りながら頭を抱えた。
「冗談じゃないわよ。このままじゃ本当に嫁ぐことになっちゃう」
「残念ながら今のままじゃその可能性が高いね。……うちは所詮、伯爵だからこちらから破棄することは出来ない。というか、あの
この婚約は王家公認のもの。白紙に戻すには、ユリウス以上の人物を見つけて納得させるしかない。そんな者がこの国にいるとは考えにくい……というかいるはずがない。
『絶望』この二文字が浮かんだ。
「──ちょっと待って。いるじゃない」
「は?」
「あの騎士より強くて頼りになる人!!」
目を輝かせて言うグイードを見て「あ」と思い出した。
「ギルベルト」
ティナが言葉にすると「そうだよ」と嬉しそうに立ち上がった。
「ギルベルト兄さんなら、あの騎士も認めざるを得ないはず!!」
「でも、ギルに悪いわ……」
確かにギルベルトなら名実共に、ユリウスに匹敵するものがある。
ギルベルトは頼めば聞いてくれると思う。そういう人だから。でも、いくら婚約を白紙に戻す為とは言え、巻き込むのはどうしても気が引ける。
渋るティナを見たグイードは「大丈夫」と口にした。
「絶対悪い方向にはいかない。僕を信じて」
真剣な眼差しで言われたら、信じるしかない。ティナは納得出来ないものの、渋々グイードの案を飲んだ。