──アイガス帝国では…
「あれ?ギルベルト?夜逃げの準備?」
軍舎でいそいそと荷物を纏めていると、ギルベルトの親友で中佐でもあるラルフが声をかけてきた。
「いや、里帰りだ」
「へぇ?それにしちゃ、随分嬉しそうじゃない?」
何かを察したように、目を細めて口元を吊り上げた。
ギルベルトがここに来た当初、周りの反応はあまりいいものではなかった。
若輩で他国の者と言うだけでも目につくのに、皇帝のお気に入りとなれば更に鼻につく。そんな状況で標的にならない訳が無い。
最初の内は大人しく従っていたが、ラルフに出会ってその考えが変わった。
「君、やられっぱなしでいいの?あいつら調子に乗る一方だよ?」
「…やり返していいのか?」
「あはははっ!!思いっきりやり返して、実力を見せてやればいいと思うよ?」
出会った当時、ラルフはすでに中佐の位置にいた。そのラルフからの許可は得た。
次の日にはギルベルトに手を出してくる者はいなくなり、ラルフが大笑いしたのを覚えてる。
いつの間にかラルフを追い越し、大佐になってしまったが関係性に溝が出来ることも無かった。むしろ、大佐になったギルベルトに意見できるのはラルフのみで、熱くなったギルベルトを止めることが出来るのもラルフなので、絆は強くなる一方だった。
「君が嬉しそうに荷造りしてるのなんて初めて見たよ。婚約者にでも会いに行くのかな?」
面白がっているのが手に取るように分かる。
「そんなものではない」
「ああ、君の片思いか」
「……」
黙ったまま睨み返すと「おっと、図星だったか」などとデリカシーのかけらもなく言い返す。
ギルベルトは深い溜息を吐いた。
「あいつは俺の事を実の兄のように慕ってくれている。俺が想いを告げた事で、この関係が壊れるのが怖いんだ」
「へぇ~?」
ラルフはニヤニヤと愉しそうに聞いている。ギルベルトに想い人がいた事にも驚きだが、恋の一つで怯える姿が可笑しくて可愛くて仕方がない。
(これは面白い)
戦場では誰よりも前に出て指揮をとる癖に、女に対しての指揮は取れないらしい。
「……最近、あいつに婚約を申し込んでいる者がいるらしい」
「諦めるの?」
「まさか」
荷物を詰め終わったギルベルトが立ち上がりながら強気に言い切った。
「決着をつけてくる」
「健闘を祈ってるよ」
激励するように大きな背中を思い切り叩いて送り出した。
❊❊❊
騙し討ちのような婚約発表から数日経った。街では未だにティナの話題で持ち切り。
「やっぱりティナ様だよなぁ」
「お前はアンティカ様って言ってただろ」
「俺は最初からティナ様だと思ってたぜ?」
見事な手のひら返し。
「本当、嫌になる」
「なにが?」
ぽつりと呟いた言葉に返事が返ってきて驚いた。
「これはこれは……総隊長殿がなんのご用かしら?」
「
いつの間にかゼノもティナの元に戻っていて、何事もなかったように接してくる。それが無性に腹立たしい。
「言っとくけど、あんたらを許したつもりないから」
「ええ~、そんな事言わないでよぉ。結構頑張ってたんだよ?僕。今回の功労者よ?」
わざとらしく疲れた顔をしながらソファーに横たわった。
「それに関しては感謝してしてるわよ」
「その割には労いの言葉がないよねぇ?」
「ほら早く言っちゃいなよ」と言わんばかり肘を付いて笑顔を向けてくる。
(こういう所よ)
黙ってればこちらだってそれなりに感謝の意を伝えるが、言えと言われると是が非でも言いたくない。
「相変わらずお嬢さんは頑固者だねぇ」
「なんとでも言って頂戴」
適当にあしらっていればいずれ飽きるだろう。
楽観的に考えていたが、相手はあの大戦を終わらせた策士だと言う事を忘れていた。
「そんなお嬢さんにサプライズがあるんだよ」
「……え?」
ニヤッと不敵な笑みを浮かべるゼノ。この顔は絶対に良くない事を考えてる。ティナは慌てて部屋を飛び出そうとしたが、ノブに手を掛けた所で捕まった。
「何処に行くの?」
背中越しに聞こえたゼノの声に、全身の毛穴から汗が吹き出す感覚がした。
「はは、そんな怯えなくても大丈夫だよ。いい所に連れてってあげる。いい子だから黙ってついてきてね」
悪役の顔付で脅迫まがいの事を言っている。とても信用できる奴の顔付じゃない。
行き着く先は天国か……はたまた地獄か……どちらにせよティナにとっていい場所ではない事は確かなのだが、逃げる間もなくゼノに何処かに飛ばされた…