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第22話

 ティナが降り立った場所は──


「……わぁ……」


 目に飛び込んできた景色に思わず言葉を失った。


 そこには、一面を青で染めるようにネモフィラの花が咲き誇っていた。その美しさと壮大さを目にすれば、誰でも息を飲んでしまうだろう。


「あれ?ここって…」


 ティナはこの景色に身に覚えがあった。


 まだ幼い時…一度だけ見た気がする…


 首を傾げながら考えるが、はっきりとは思い出せない。これだけの景色忘れるはずがないし、幼い頃の記憶なんて夢か現実か分からないものだ。きっと記憶違いだろうと考えた。


「あれ?そう言えばゼノは?」


 ここに連れてきた当事者がいない事に気が付いた。辺りを見渡すが、真っ青に埋め尽くされたネモフィラだけで人の気配がまったくない。


「おい、ふざけんなよ。似非護衛が」


 苛立ちをぶつける様に暴言を吐くが返事はない。


 なんの為に連れてきたのかも分からぬまま、置き去りにされた。見知らぬ場所で、何も無い場所に一人きり。不安じゃないと言えば嘘になるが、ここで不安がるのは奴の思う壷だと思い、出来るだけ気丈に振る舞うとした。


「おや?」


 背後から声をかけられ、勢いよく振り返った。


「どうやってここに…?」


 珍しく驚いた顔で佇むユリウスを見て、真っ先に感じたのは安心感。まさかユリウスを見て安堵する日が来るとは思いもしなかった。


「あなたの従者に連れてこられたんですよ」

「ゼノに?」


 ユリウスは考えるように頭を傾げていた。ユリウスが命令していないとなれば、この仕業はゼノの独断だと言える。単純にこの景色を見せたかったのなら、まどろこしい言い方をせずに言ってくれれば大人しく付いてきたものを…


(それとも、他に何か理由が?)


 色んな思惑が浮かぶが、とりあえずここから帰るのが先だ。


(…あの野郎…今度言う今度は許さん)


 ブツブツと恨み節を呟いていると、ユリウスがゼノを庇うように声をかけて来た。


「まあ、そんなに怒らないであげてください」

に一人置き去りにされたんですよ?これが怒らないでいられるか」


「知らない場所…?」


 突如、悲痛な顔に変わった。ティナは無意識のうちに失言してしまったのかと慌てて謝罪した。


「ご、ごめんなさい。何か変な事言ってしまいました?」

「いいえ…大丈夫ですよ。こちらこそすみません。心配させてしまいましたね」


 無理やり笑顔を作っているのが丸分かり。酷く苦しそうで見ているこちらも辛くなる。気づくとティナも眉間に皺を寄せて険しい顔をしていた。


「ふふっ、可愛い顔が台無しですよ?……そうですね。少し、話相手になってくれますか?」

「……少しですよ?」


「ありがとうございます」と言って、その場に座ったユリウスの隣にティナも同じように腰を落とした。本音は今すぐにでも帰ってゼノを殴りたかったが、流石に放っておけない。話を聞くぐらいなら聞いてやる。そこまで非道な人間ではない。


「……ここは私が秘密で育っている花畑なんです」

「え!?ユリウス様一人で!?」


 とても信じられなくて詰め寄るような形になってしまったが、ユリウスはクスクスと笑うばかり。


「騎士が花の手入れなんておかしいでしょ?だから、知られたくなくて秘密裏に育てているんですよ。ここまで育つのに随分とかかってしまいましたが……」


 愛おしそうに花畑を見るユリウス。

 ティナは意外な一面を知り驚いたものの、人の趣味は多種多様。別に騎士だからと言って、花を育ててはいけないという条例はない。


 むしろ、これだけの花畑ものを自分だけで終わらせて、他の者に見せれないのが勿体なくて残念に思ってしまう。


(変なプライドなんて捨てればいいのに…)


 まあ、そこはティナが口を挟む事じゃない。


「まだ騎士になる前ですが、私にも荒れていた時期がありましてね。反抗期と言った所でしょうか?」


 ぽつりぽつりと語りだすユリウスに黙って耳を貸すが、単に想像が付かない事を言われて、思考の理解が追いついていないだけ。


「そんな私を見兼ねた朋友がある日、小さな女の子を連れて来たんです」


 なんの為に連れて来たのかと訊ねても、女の子を構うだけでこちらには目もくれない。ユリウスは苛立ちを女の子にぶつける様に睨みつけた。


「普通の子なら怯えて泣き出しそうなものですが、その子は違いました」


『女性を睨みつけるなんてクズのする事だわ』


 怯えるどころかユリウスに喧嘩を売ってきた。


「随分と高圧的で大人びたことを言う子供だと思いました」


 クスクスと懐かしむように笑っていた。


 その後も相変わらずその子が付き添っていて、その子の相手をしている内に、いつの間にか尖っていた心も落ち着きを取り戻していた。


「…その子は明らかに朋友の事を慕っている様子で、いつも私は彼のオマケとして見られていました」


 いくら話しかけても物で気を引こうとしても、彼女の瞳には彼しか映らなかった。

 いつしか自分の姿を…自分だけを見て欲しいと願うようになった。


「そんな彼女が唯一、顔を輝かせたのがこの場所なんです」


 たまたま見つけたこの場所。野生のネモフィラが小さな花畑を作っていた。それを見た時の顔が忘れられず、少しづつ手入れしていた。そうして今や壮大な花畑までに育て上げた。


「また来るとは限りませんのにね」

「…今、その子は…?」


 眉を下げて照れるように言うユリウスに問いかけた。だが応えはなく、苦しそうに微笑むだけだった。



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