終わりの見えない地獄のような時間が続くと思われたが、終わりはすぐにやって来た。
「随分と賑やかだね。……これは一体、何事かな?」
優しい口調と満面の笑みを浮かべて顔を出したのは、この屋敷の主である父。笑っている風を装っているが、その目は全く笑っていない。これは完全にお怒りモードだ。
すぐに察したティナとグイードは顔面蒼白で手に汗を滲ませている。
「やあ、ギルベルト。久しぶりだね、おかえり。君の評判は聞いているよ。だがね、親しき中にも礼儀ありって言葉があるように、婚約者の前でその相手を抱きしめるのはよくないなぁ」
「……」
「ユリウス様もそうです。貴方はまだ婚約者の立場であり、家族ではない。他人の屋敷で騒ぎを起こすとなっては、問題視する事になりますなぁ」
「……」
毅然とした態度で咎められ、ギルベルトもユリウスもバツが悪そうに俯いている。
父は普段どちらかと言えばおっとりとしていて、頼りのない感じに見える。だが、それは違う。この人は頭の回転が早く、洞察力に優れている。それでいてずる賢いので、非常にタチが悪い。見た目が草食系なだけに、舐めてかかる者も多いが、その都度こてんぱんにやられて再起不能に陥った者が多いのも事実。
実子であるティナですら、恐ろしく感じる事がある。
「とりあえず、今日の所は二人ともお引き取り願いましょうか?」
有無を言わさぬ威圧感で二人を追い出すと、ティナとグイードの肩にポンッと優しく手を置いた。
「さてと…二人共。どう言う経緯があったか、話を聞かせてもらおうか?」
❊❊❊
「なるほど…それじゃあ、なんだい?ティナはユリウス様との婚約に同意していないと?」
父の執務室へ通され、グイードと小さくなりながら事の経緯を話して聞かせた。
「まあ……そういう事です……」
「その為にギルベルトまで巻き込んだと?」
「「……」」
厳しい視線を向けられ、ティナとグイードは更に小さくなる。父の方は盛大を吐きながら顔を覆った。
「ここまで愚かだとは思ってなかったよ……」
その言葉にグイードの肩が震えた。
血が繋がっていない自分を受け入れてくれ、ここまで育ててくれた義父。表立って言わないが、感謝と尊敬は人一倍している。次期伯爵として認めてくれた義父。そんな義父の期待を裏切らないよう頑張って来た。そんな相手に失望されてしまった。
グイードは今にも泣きだしそうに顔を赤らめ、目に涙を浮かべている。ティナの方は、歯向かうように父を睨みつけていた。
「グイードは関係ありません。これはすべて私の我儘です」
「ほお…分かっているじゃないか」
まずはグイードを庇う言葉をかける。
「私の人生は私のモノ。誰にどうこう言われる筋合いはありません」
「その身勝手な行動がどれほどの人間を巻き込んでいるのか分かっているのか?子供ではない以上、冗談では済まされんぞ?」
「分かってます」
父に屈することなく自分の意見を主張するティナを見て、小さく息を吐いた。
(流石は血の繋がった親子と言うべきか…)
恐れを知らない。自分の娘が逞しく育った事に感動するべきか、不安に思うべきか悩むところだった。父親としても、ティナには幸せになって欲しい。それは切に願っている。
ギルベルトはティナを幼いころから面倒を見てくれていた分、気心知れた仲であるし頼りになる存在だ。ギルベルト自身も、ティナを想っている。
ユリウスとの婚約は王家が認めたものだが、帝国の大佐が『待った』をかければ聞かない訳にはいかない。
(面倒臭い事になった)
眉間に皺を寄せ、痛む頭を誤魔化す様に大きく息を吐いた。
「お、お父様…?」
あまりの沈黙にティナが耐えられず声をかけた。
「…ん?あぁ…」
この数分で酷く疲れた表情に変わった父がそこにいた。
「お前達の話は分かった。随分と厄介な事をしてくれた」
皺の寄った眉間を指で摘むようにしながら言われた。厄介事は百も承知。父からすれば、貴族の婚約など親が決めて当然。当人達の意志など関係ないとでも言いたいのだろう。
「ギルベルトを巻き込んだ時点で、私がどうこういえる状況ではなくなった」
「……」
「私自身、ティナの考えを大事にしたいとも思っているが、相手が相手なだけに易々と決められるものではない。それは分かるね?」
優しく諭され「はい」と小さく返事を返した。
「ユリウス様を庇う訳ではないが、よく話をしないで破談に持ち込もうなんて卑怯者のすることだ。お互いを知った上で、どちらが本当に自分を愛してくれるか…自分がどちらを愛しているのか…よく考えて答えを出しなさい」
「私はその答えを尊重しよう」と口では厳しい事を言っているが優しい瞳で言われた。
ティナは黙って頷いた。卑怯者と言われたことが、地味にくる…けど、その言葉を否定することが出来なかった…