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第27話

「はぁぁぁぁ~……」


 ティナは行儀悪くベッドに転がりながら盛大な溜息を吐いている。先日の父の説教が地味に後を引いていて中々調子がでない。間違った事は言われていない。むしろ、正当な言葉で打ちのめされてしまった。


 グイードなんて完全に精神メンタルをやられて、未だに心ここにあらず状態。……あれは回復までにしばらくかかりそう。


「……向き合う……か……」


 ゼノだけではなく、父にまで言われてしまったら仕方ない。


「何にだ?」


 枕に顔を埋めながら呟くと、扉の方から声がかかり驚いて飛び起きた。そこには壁に寄りかかるようにギルベルトが立っていた。


「ギル!!」

「邪魔したか?」


 ギルベルトはベッドの横まで来ると、ティナの乱れた髪を整えるように頭を撫でながら訊ねてくる。


「もう、レディの部屋なのよ?勝手に入って来ないでよ。子供の頃と違うんだから」

「それはすまなかったな。──で?何をしていたんだ?」


 ティナは顔を背けて怒った素振りを見せるが、その顔はクスクスと笑みを浮かべていて、全然詫びいれている様子はない。何に悩んでいるのか分かった上で聞いてくるんだから意地が悪い。


 でも、これは丁度いいタイミングかもしれない。


「……ギル、本当にごめんなさい。ギルは昔から私が困ってると嫌な顔せずに助けてくれた。今回も、その優しさにつけこんだ私が悪いの。だから──」


「無理に演じなくてもいい」そう言おうとしたが、ギルベルトの表情を見てヒュッと息と一緒に言葉を飲み込んでしまった。


「お前は本当に何も分かっていないな」

「え?」


 目尻を下げ悲し気に言うギルベルトに、ティナは何が何だか……


「俺が善意で助けていると思っているのか?」

「え?違うの!?」


 まさかここに来て対価を寄こせと言うんじゃなかろうかと、ティナは焦った。


(大佐相手に対価を払えって……)


 一応貯蓄はあるが、果たしてそれで足りるだろうか……


 ティナは顔面蒼白になりながら部屋の中を見渡し、値打ちがありそうなものを物色し始めた。それを見ていたギルベルトは思わず「ぶはっ!!」と吹き出した。


「あはははは!!何も対価を貰おうなどと考えてはいない」

「そ、そうなの?」

「ああ。だが…あまりにも鈍いと、男としては少し意趣返しはしたくなった」


 そう言うなり、距離を縮めてきた。


 息がかかりそうなほどの距離にギルベルトの顔が迫り、無意識のうちに壁際まで後退る。


 トンッと背中に壁が当たる。それは、これ以上逃げ場がないのを意味していた。


「ぎ、ギル?ちょっと近い…」


 必死に押し退けようとするが、相手は軍人。女の力で退く訳もなく、ビクともしない。


「なんだ?子供の頃はお前から寄って来たじゃないか」


 揶揄うように言うが、子供の頃とは訳が違う。


「ギル。いい加減にしないと怒るわよ」

「ほお?どういう風に?」


 キッと睨みつけながら言うが、ギルベルトは笑みを浮かべて余裕な表情。完全に子供扱いされている。


「……いつまでも子供扱いはやめて」


 ティナはムスッとした顔で言い返した。


 確かに内面はあまり変わっていないかもしれない。それでも、体つきはちゃんと成人の女性だ。少しぐらいは配慮というものがあってもいいと思う。


「俺がいつ子供扱いした?悪いが、子供扱いどころか妹だとも思っていない」

「は?それってどういう……?」


 言っている意味が分らず聞き返した。


「言葉の通りだ。お前は俺を兄のように思っているかもしれないが、俺はお前を一人の女性として見ている」


 真剣な眼差しを真っ直ぐに受け、ティナの鼓動は驚く早い。


「今回、戻って来たのもお前にすべてを打ち明けるつもりだった。まあ、少し遅かったが……」

「ちょ、ちょっと待って」


 悔しそうに顔を顰めるギルベルト。ティナの方は既に情報過多。理解が追い付いていない。ギルベルトは枷が外れたように言葉を止めることをしない。


「俺が無理に演じていると言っていたな?お前は本当に俺を何年見てきた?俺が演技できるような器用な人間だと思っているのか?」


 いや、それを言われたら……そうなの?


「ははっ、鈍いのもここまで来るとイラつくな」


 キョトンとした顔をしているティナを見て、ギルベルトが呟いた。その言葉にムッとしたティナがつい、いらん言葉を吐いてしまった。


「なによ。言いたいことがあるならはっきり言ってよ」

「…………へぇ?いいのか?」


 獲物を狩るような目付きに、ティナはビクッと肩が跳ねた。啖呵を切ってしまった以上、今更後悔しても遅い。


 ギルベルトは更に距離を縮めると、ティナを覆うようにして見下ろした。


「よく聞けよ?俺はお前の事が好きだ。お前がユリウスのものになるなんて許さない」


 熱の籠った鋭く熱い瞳から目が離せない。


「ユリウスとの婚約が嫌なんだろ?俺なら何とかしてやれる。……俺にしておけよ」


 髪を手に取り上目遣いでキスをする。その仕草一つ一つが心臓に悪い。


 何か返事を……そう思うが、言葉が出てこない。声ってどうやって出してた?それより、なんて返事をするの……?


 色々な雑念が頭を駆け巡って、本題が頭に入って来ない。


「─…何しているんです?」


 その言葉と共に、一瞬で部屋全体が氷に覆われた。ティナの周りはギルベルトが瞬時に結界を張ってくれたおかげで無事だが、異様なまでに感じる威圧感に体が震える。


「それはこっちの台詞だ。お前こそ何をしている」


 ギルベルトが咎めるように振り返れば、そこには見た事もない形相で佇むユリウスがいた。







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