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第28話

 ユリウスは黙ってギルベルトを睨みつけている。


「お前なぁ、ティナが怯えているだろ。その殺気を少し抑えろ」


 怯えるティナを庇うように抱きしめながらユリウスを落ち着かせようとするが、今のユリウスには何をしても逆効果。


「ギルベルト。私は忠告しましたよね?ティナに手を出す者は例え国王だろうと許さないと…」

手は出していないぞ?」


 射殺すような視線を向けられて軽口を言うあたり、幾多の戦地を潜り抜けてきた大佐だけある。ただ、この状況下では単純に煽っているだけに取られてもおかしくない。


「いい加減にしてください……!!こちらがいつまでも大人しくしているとお思いですか?」

「余裕がない男は嫌われるぞ?」

「ッ!!」


 やめればいいのに、更に挑発するような言葉を吐いた。ユリウスは黙って下を向いたかと思えば「そうですか…」と何やら不穏な雰囲気を纏わせている。


「──力ずくで奪い返します」


 言うが早いか、ユリウスはギルベルト目掛けて氷の刃を放った。ギルベルトはティナを背に庇い、向かってくる氷刃を素手で叩き落としている。


 なんと言う荒技…!!なんて感心しているティナだが、よく見れば自分の部屋が滅茶苦茶になりつつある。


「ちょっ!!こんな所で暴れないでよ!!」

「黙ってろ。怪我するぞ」


 自分を護っている大きな背中に声をかけるが、ティナの言葉を受け入れてくれる様子は無い。


 そうこうしている内に、ティナが大切にしている鏡台に刃が当たり、鏡が粉々に砕けてしまった。「あっ」と声が出たが、目の前の二人はティナの様子には気づかない。


 鏡台が壊された怒りと悲しみが沸々とこみあげてくる。


「………かげんに………しなさぁぁぁぁい!!!!!」


 ギルベルトの耳を掴み、腹の底から大声で叫んだ。


「ッ!!お前なぁ…!!」


 耳を塞ぎ、ようやくこちらに目を向けてくれたギルベルが見たものは、大きな瞳に涙を一杯に溜めたティナの姿だった。


 鏡台はティナの実母が使っていたもで、唯一の形見。それを壊されてしまったのだ。怒らない方がおかしい。


「最悪……もうヤダ……二人とも嫌い……」


「あんた達二人共大っ嫌い!!今すぐ出てって!!」キッと睨みつけ言い放った。


 癇癪を起こした子供の様に、手につく場所にある物を片っ端から二人に投げつけた。

 ユリウスとギルベルトは「すみません」やら「すまなかった」と必死に謝罪の言葉をかけてくるが、ティナの怒りは収まらない。


 この感じでは話もままならないと、互いに顔を見合せて二人一緒に部屋を出て行った。


 荒らされた部屋に一人残ったティナは、両膝を抱えて肩を震わせていた。




 ──どれぐらいの時間が経ったのか…外はすっかり陽が落ち真っ暗になっていた。


 いつの間にか膝を抱えて眠っていた様で、腫れぼったく重たい瞼をゆっくり開けると、荒れ放題だった部屋が綺麗に片付いていて、壊された鏡台も元通りになっている。


 ティナは一瞬、悪い夢でも見ていたのか?と錯覚を起こしかけたが、視線の端にゼノがいることに気が付いた。


「やあ、散々な目に遭ったようだね?」

「ゼ~~~ノ~~~!!」


 いつもの笑顔を向けられて、思わず涙が滲んできた。


「おっと、よしよし。もう大丈夫だよ」


 勢いよく抱きついてきたティナをしっかり抱きとめて、宥めるように頭を撫でてくれる。


「何があったかは大体察しがつくけどね。旦那なんてこの世の終わりのような顔して部屋に閉じ篭ってたよ?」


 ふん。なに被害面してんのよ。被害者はこっちだっての。


 ムスッとしているティナを見て、ゼノはクスクスと笑う。


「まあ、お嬢さんの言い分も分かるけどさ。旦那だって気が気じゃなかったんだと思うよ?」

「……それとこれは別よ」


 ギルベルトの告白に驚いたのはティナも同じ。衝動に駆られて暴れたのはあちらの方。そのせいで大切な鏡台を壊された。いくら現状が戻ったとしても、壊されたという事実は消せない。


「決めた。私、ゼノのお嫁さんになる!!」

「は!?」

「血気盛んな二人から選ぼうとするから良くないのよ。その点、ゼノなら大概の事は魔法でどうにかしてくれそうだし、大戦の英雄なら陛下もお父様も文句は言えないはず」


 ティナの突然の告白にゼノは空いた口が塞がらない。


「あ~…と、俺はお嬢さんが良ければ構わないけどさ。よく考えてみ?」


 頭を掻きながら問いかけてくる。


「自分で言うのも何だけど、だよ?」


 自分の胸を指しながら冷静に言ってきた。


 人当たりが良くてお調子者だが頼りにはなる。それは紛れのない事実。だが、この男……


 ──女にだらしがない。


 多分、この国…いや、世界を見渡しても最も結婚というものに向かない人物。その事に気付かされたティナは、一気に熱が冷めたようにスンッと真顔に戻り顔を覆った。


「……ごめん。とち狂った事を言った……あまりにも現実を忘れたくて自棄ヤケになってたわ…忘れてちょうだい…」


 いくら何でもゼノを相手に据えようなんて阿呆にもほどがある。ある意味、あの二人より面倒な相手だ。


「あはは、それはそれで残念だなぁ」

「これが吊り橋効果ってやつね…まさかゼノにプロポーズする日がくるとは…恐ろしい……」


 いくら自暴自棄になっていたからとはいえ、自分のあまりの愚行に落ち込みが半端ない。


「ちょっとちょっと、そこまで言う事ないんじゃない?こう見えて結構家庭的なんだよ?」

「……家庭的と女好きはイコールじゃないわよ?」


 そう指摘すると「やっぱり駄目?」と思った通りの答えが返ってきて、思わず笑い声が漏れた。ゼノはティナが笑ってくれたことで、ようやくホッとした表情に変わった。


「お嬢さんの機嫌も直った事だし、俺は行くね」

「……もう行っちゃうの?」


 何となく一人になるのは嫌で、窓枠に足を掛けて出て行こうとするゼノの服を掴み引き留めてしまった。

 その行動に驚いたのはゼノ。今まで引き留められたことなどなければ、甘えた仕草なんて一度も見せなかった。


「ちょっと……本当に大丈夫?そんな可愛い事言われたら、何するか分かんないよ?いいの?」


 驚いた表情のまま、出来るだけティナに触れないように手を頭の上まで挙げたうえで忠告する。ティナは俯いたまま掴んだ手を離そうとしない。


(参ったな…)


 困ったゼノは見上げるように顔を上げると、大きく息を吐いた。

 このまま連れ去ってもいいが、バレた時が怖い。それに、弱っている所につけこむほど人間終わっていない。


(仕方ない…)


 落ち着くまで傍にいるか……そう考え、ティナの肩に手を伸ばそうとした。


(ん?)


 ゾッとするほど冷たく突き刺さるような気配に、伸ばされた手はティナの肩に触れることなく、ゆっくり降ろされた。


「ごめんお嬢さん。俺、行かなきゃ。……ここにいるとまずい気がする……」

「え!?」

「本当ごめんね!!」


 ティナの言葉を待つまでもなく、あっという間に姿を消してしまった。


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