「…僕さぁ常々思ってたんだよ。姉さんは、馬鹿正直でお人好しだって」
「………」
「そんな所も可愛いとは思ってるし、姉さんの良い所の一つだって思ってる。だけどさ……お人好しも大概にしなよ」
キッと睨まれた。
屋敷に戻って来たティナは、一連の経緯をグイードに話して聞かせた後に、正座で小言を貰っている。
「折角、ギルベルト兄さんが婚約を解消するいい口実を見つけてくれたのに…自分の首を自分で締めなおしてるって気づいてる?」
完全に呆れかえってるグイード。ここまではっきり言われたら、流石のティナもぐぅの音も出ず縮こまっている。
「その辺にしてやってくれ」
「……ギルベルト兄さんは姉さんに甘すぎるんだよ」
傍で聞いていたギルベルトが口を挟んできたが、グイードは険しい顔で睨みつけていた。
「グイードの言い分も分かるが、ティナが止めなければ俺は剣を抜いていた。それが何を意味するのか分かるな?」
そこまで言われてようやくグイードも冷静になれようで、口をつぐんだ。それを見たギルベルトは「もう大丈夫」だと言うように、ティナに向けてウィンクをした。
それに対応して、ティナは「ふふっ」と柔らかい笑顔で返した。
何だかんだティナ贔屓のギルベルトは、姉弟喧嘩をする度に毎回こうして間に入ってくれた。
最近では姉弟喧嘩もめっきり減ってしまったし、ギルベルトも大佐として頑張っている。久しぶりに昔に戻った様で、感傷に浸っていた。
「……ん……姉さん!!」
「ん!?」
完全に自分の世界に入り込んでいて、名を呼ばれているのに気が付かなかった。
「もお、しっかりしてよ。姉さんの事を心配して話し合ってるんでしょ?」
「ごめんごめん。それで何だっけ?」
ひとまず謝ると、溜息混じりに教えてくれた。
「このままだと姉さんが危ないから、外出する時はギルベルト兄さんと一緒に行動してって話」
「それは悪いわよ。ギルだって予定があるだろうし…」
仮にギルベルトがいなくとも、ゼノがいる。これ以上、迷惑かけるわけにはいかない。
「俺は構わないぞ。好きな女の傍にいられるんだ。むしろ、光栄に思うよ」
なんと言う男前発言。しかも、恥ずかし気もなく好きな女なんてサラッと言えるところが凄い。
(聞いてるこっちが照れちゃう)
ティナは熱くなった顔をパタパタと手で扇いだ。その様子をグイードがニヤニヤといやらしい目付きで見ていた。
❊❊❊
カタン……
草木も眠る丑三つ時。物音がして、目を覚ました。
風でカーテンが揺れる。その奥に、月明かりに照らされた一人の影……
「──きっ……!!」
「しっ!!」
悲鳴を上げる寸前、口元を手で覆われた。心臓が口から出そうなほどバクバクしている。
「私です」
月明かりの下、見えた顔に恐怖心が一瞬で殺意に変わった。
「こんな夜中に何してんですか!?」
「嫌ですね。そんな不審者に遭遇した様な顔をして」
「今の貴方は完全に不審者ですが?」
詫び入れるでもなく、ふざけた事を言うユリウスを睨みつけた。
まあ、来た理由は何となく察しがついてる。どうせ昼間に聞いたことの弁解か弁明をする為だろう。
「はぁ~……お茶でいいですか?」
長くなりそうだからと、溜息を吐きながら問いかけた。しかし、腰を上げたところで腕を掴まれた。
「その前に私の話を聞いてください」
「……」
ティナは黙って腰を下ろした。
「まずは謝罪させてください。申し訳ありませんでした」
「……それは何に対する謝罪ですか?」
「これまでの事、これからの事に関してです。アンティカ嬢を奪われたのはこちらの失態です」
うん。まあ、それはそうだな。
「ティナは不安でしょうが、私が命に代えて護ります。必ず……」
なんて真っ直ぐで迷いのない瞳で見てくるんだろう。こんな瞳、見た事がない。
ティナは思わず目を奪われて、逸らすことができない。
「ティナ?」
ユリウスの声で正気に戻ったティナの頬は赤く染まっている。
「そ、そんなことより、あんたが本当に大戦を終わらせたの?なんでゼノを英雄に仕立て上げたのよ?」
慌てて誤魔化すように話を振った。ユリウスは暫く考えた後、口を開いた。
「決定打は私ですが、私一人だけの力ではありませんよ。ゼノに代わりを頼んだのはその方が、お互いに都合が良かったからです」
「よく分からないんだけど……」
「そうでしょうね。普通の者なら地位や名誉を欲しますよね。……私はそんなものよりも欲しいものがあったんです。私が欲しかったもの、それは…」
「貴女ですよ」と言われて不覚にもドキッとしてしまったが、すぐに我に返った。
おかしいおかしい!!地位も名誉も捨てて欲するようなものじゃない!!そもそも、この人と会ったのは園遊会が初めましてのはず。時系列がおかしすぎる。
「その様子では、未だに私の事を思い出さないのですね……」
「え?」
酷く辛そうで今にも泣きだしそうな顔をしている。が、ティナにはまったく身に覚えがない。人違いでは?と聞き返そうとしたが、今の状態で聞いたら駄目だと思い言葉を飲み込んだ。
「前に、花畑で女の子の話をしたでしょう?」
「ええ。確か、女の子が喜んでくれたから花を育て始めたと」
「そうです。その女の子が貴女ですよ」
「…………………………は?」
ユリウスの爆弾発言にティナは嫌な汗が噴き出していた。