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第38話

「あの時の失礼でいけ好かない奴!?」


 記憶を辿った結果、目の前の男があの時の学生だと言うことに気が付き、指を指しながら信じられないとばかりに目を大きく見開いて驚いている。


「ようやく思い出して頂けましたか?」

「いやいやいやいや、思い出すも何も、全然違うじゃない!!雰囲気も喋り方も!!そんなの分かるはずない!!」


 ティナの思い出の中のユリウスは、常に不機嫌で眉間に皺を寄せていた。言葉は乱暴だし、他人を寄せ付けない雰囲気を漂わせていた。それが、今はどうだ?もやは別人と言っても過言ではない。


「え、もしかして、別人格が乗り移ったとか?」

「まさか。正真正銘、あの時と同一人物ですよ」


 本人はそう言うが、ティナにはどうしても信じられなかった。驚きで空いた口が塞がらず、疑心感から少しづつ後退り、ユリウスから距離をとる。


「私は貴女の目に映りたくて、自分の存在を知って欲しくて変わったんです」

「変わりすぎだろ…」


 ボソッと呟くティナに覆い被さるように、距離を詰めた。


「全ては貴女の為…私の人生を変えたのは紛れもなく貴女ですよ」


 そんな私のせいだ的な事言われても……こちらとしては頼んだ覚えもないし、変われとも言っていない。責任転換も甚だしい。


(だけど…)


 そこまでして、自分の事を想ってくれていたって事?別人だと思えるほどまでに性格を矯正までして…?


 そう考えると、気恥ずかしくなりブワッと顔が熱くなった。


「と、とりあえず、貴方の事は分かりました。いい加減、離れてください」


 ちょっと今ユリウスの顔は見れないと、顔を逸らしながら離れるように言うが、ユリウスは離さんとばかりに腰に手を回してきた。


 驚いたティナは思わず顔を上げてしまった。


「おやおや、そんな可愛い表情かおをしていると、食べられてしまいますよ?」


 至極嬉しそうに微笑みながら、頬に軽くキスをする。


「んなッ!!」

「ふふっ」


(なんでそんな嬉しそうにしてんのッ!!)


 そんな顔みせられたら、文句も言えなくなっちゃうじゃない……!!


 ティナは、悶々としながら黙ってユリウスの腕の中に収まっていた。




 ***




 本日の天気は曇天。ところによりゼノ。

 窓を開けたのと同じ時、ゼノが空から降って来た。


 木の枝を折りながら地面に落ちて行く。一瞬の出来事に、ティナは何が起きたのか戸惑った。まず、人が空から降ってくる時点でおかしいが、落ちてきた人物が人物なので、素直に納得した。


 やれやれと思いながらも外に出て、地面に転がっているゼノに声をかけた。


「あんた……何してんの?」

「……ん……あれ?お嬢さん?──って事は、ここお嬢さん?」


 頭を押さえながら気怠そうにしながら起き上がるゼノ。その体からは酒の匂いが…


「酒くさッ!!」

「ああ……久しぶりに飲み過ぎた……」


 この様子から、先ほどまで飲んでいたに違いない。随分といい身分だ。


「あんた、その内身体壊すわよ?」

「大丈夫だよ。俺肝臓と下半身だけは自信あるから」

「……」


 ゴミを見る目を向けてやったら「その目はやめて」と苦笑いで抗議してきた。


(心配して損した)


 ティナは小さく溜息を吐き、私室に戻ろうと踵を返した。


「あ、ちょっと待って」


 慌てたようにゼノが声をかけて来たので、足を止めて「なに?」と冷たく聞き返した。


「あの女の目撃情報があったんだよ」

「え!?」


 肘をつき寝転びながら言う。あまりの緊張のなさに、本当の事かどうなのか判断が難しい。


「ははっ、本当だよ。俺が一晩かけて聞き出したんだから。何のために飲み過ぎたと思ってるの」

「……その為に?」

俺の仕事だからね」


 ニヤッと得意気に口角を上げる。


 今までゼノをクズ野郎と認識してきたがこの流れからすると、もしかして女遊びも仕事なのかもしれない。娼館の女性は色々な男を相手にする。閨の中では快楽に身を任せているあまり、口が軽くなる。情報を得るには絶好の場所。思えば思うほどゼノの行動に合点が行く。


(ゼノを誤解してたかも)


 ティナは申し訳なさそうに視線を落とした。


「ごめん…今まであんたを誤解してたわ。女遊びも仕事の一環だったのね。てっきり、下半身がだらしないだけのクズかと思ってたけど……」

「あ、女の子と遊ぶのは単に俺の趣味──ッ痛!!」


 やっぱり下衆だった。とティナは力いっぱいにゼノの頭を殴りつけた。


「仕事ん時もちゃんとあるよ?」

「今更取り繕っても遅い」


 睨みつけると「あはは」と笑って誤魔化している。


「まあ、あんたの事はどうでもいいわ。アンティカ嬢の事よ」


 本題から大分逸れてしまったが、アンティカが見つかったという事は、生きていたと言う事だろう。その事に関しては、率直に良かったと思える。

 またグイードに甘いと言われそうだが、敵意を向けられた相手でも顔見知りの者が死んだとなれば悲しいもの。


「どうも、あの女は西にある廃れた教会に身を隠しているらしい」


「今頃、旦那が向かってるはずだよ」と付け加えられた。


「一人で!?」

「まさか、騎士団が出てる」


 一人ではないと分かってホッと自分がいた。


(なに安堵してんの)


 自分で自分に突っ込みを入れるが、答えは見つからない。


「俺もこれから向かうけど、お嬢さんは大人しくしててよ」

「え?」

「万が一にも、来ることがないように。これは俺だけじゃなくて旦那の願いでもある。もし、あんたに危害が加わったら、あの女の命の保証はないよ?」


 ゾッとするような冷たく鋭い目で言われた。そこまで言われたら、頷くしか答えが見つからない。


「よし、じゃあ、行ってくるよ」


 そう言って、痛む頭を叩きながら西の教会に向かって行ってしまった。






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