ゼノに釘を刺されたティナだったが、来るなと言われると気になって仕方がない。
意味もなく部屋の中をウロウロとするが、気持ちが晴れるでもなく、モヤモヤが募るばかり。
「…何してんだ?」
怪訝な顔を浮かべながら、ギルベルトが声をかけてきた。
「ギル!!」
「お、おう?」
これは丁度いいところに!!と喜び勇んでギルベルトの元へ駆け寄った。ギルベルトは驚いたが、喜びの方がまさって頬が薄く色付いている。
「この後、用事ある?」
「いや、特に考えていないが…?」
「じゃあ、付き合って!!」
訳も分からずティナに手を引かれて行った。
❊❊❊
一方、アンティカが潜伏していると思われる教会に到着したユリウス達。
「流石に雰囲気あるな…」
朽ちかけてボロボロの教会を前にして、団長のレイモンドが呟いた。周りは雑草に覆われ、どんよりと不気味な雰囲気が纏っていれば、どんな屈強な騎士でも息を飲むだろう。
「おや、団長とあろうものが弱音ですか?」
「んな訳ないだろう」
ユリウスが揶揄うように言葉をかけたが、腕を組みながら否定してくる。その表情に嘘はない。団長らしい毅然とした態度だが、他の騎士達は顔を引き攣らせて怯えている。
「ユリウス。気を抜くなよ」
「誰に言っているんです?」
上司らしく部下を心配して忠告してやるが、その部下であるユリウスは不服そうに顔を顰めて言い返してくる。
罠であることは重々承知している。どんな罠があろうとティナに危害が加わる可能性ある限り排除する。
「……行きますよ」
ユリウスの言葉を合図に、教会の扉を開けた。
ギ、キィ…
錆び付いた扉は音を立てて、ゆくっくりと開かれた。
中は薄暗く、壁も椅子も朽ちかけている。辛うじて原型を留めている程度。いつ天井が落ちてもおかしくない。
そんなおどろおどろしい中、こちらを黙って見つめる人物がいた。
「アンティカ嬢…」
最後に見たアンティカは目の焦点が合っておらず、完全にイカれていた。だが、今はどうだ。しっかりと視線を被せてくる。それどころか、真っ赤に塗られた唇を傲慢に吊り上げ、微笑んでいる姿は悪魔にでも魂を売ったのかと思うほど、恐ろしくて美しい。
後ろに控えていた騎士達は、アンティカのあまりの変わりように驚き、その姿に惚けていた。
「旦那」
ユリウスの肩に手を置きながら、ふわっと降り立ったゼノは異様な雰囲気に息を飲んだ。
「随分と様変わりしたなぁ」
「…ええ。この場にティナがいなくてほんとうに良かった」
「一応忠告はしといたけど、あの感じだと大人しく言うこと聞く感じじゃないね」
「ふふっ、ティナですから」
「お前ら、のんびり話してる場合じゃないぞ」
珍しく余裕の感じられないレイモンドの声で我に返ったユリウスが見たのは、足元に倒れる
「なッ!!」
「先に言っておくが、俺には何が起こったかは分からん」
アンティカから目を離さずにいうレイモンドの額には汗が滲んでいる。アンティカは相変わらず微笑んでいるだけで黙ったままこちらを見つめている。
「下手に動かない方がいいようですね」
「奇遇だな。同じ意見だ」
お手上げだと言わんばかりに、苦笑いを浮かべたレイモンドが同調してきた。
「っていうか、あれ、本物?」
ゼノの一言に、ユリウスとレイモンドはハッとした。
(なるほど…そう言う考えもありましたね)
ユリウスが頭を悩ませていると「ユリウス様!!」と叫ぶ声が聞こえ、勢いよく振り返るとギルベルトを引き連れたティナが走ってくるのが見えた。
「ティナ!?」
すぐに引き返すように言うが、聞こえていないのか足を止めない。必死に止めようとするユリウスは、アンティカの事も忘れて背を向けてしまった。
その瞬間、アンティカが不敵な笑みを浮かべたのをゼノが気が付いた。
「旦那!!」
ゼノの言葉で振り返ったユリウスだったが、アンティカの放ったドス黒い球体に全身を包まれた。すぐにパンッと音を立てて弾けたが、中にいたユリウスはその場に倒れ込んだ。
「ユリウス様!!!」
「ユリウス!!!」
慌てて駆け寄り、ユリウスの容態を確認する。まず息がある事に安堵したが、その安堵もすぐに砕かれる。
「これは……」
思わずゼノが言葉に詰まる。ゼノが見たものは、全身にびっしり呪文が刻まれたユリウスの姿。その呪文が蛇のように動いている。とても手に負えるようなものではないと直感が働く。誰もが絶望を感じ、黙ってユリウスを見つめる中
「ふふ………はは……あははははは!!!!」
今まで沈黙を貫いていたアンティカが突如高々に笑い出した。
「これでユリウス様は私のものよ。あんたなんかには渡さない!!」
敵意をむき出しで言い放ち、ティナはビクッと体を震わせた。
「その呪いは直に心臓まで達するわ。そうなれば、いくらユリウス様でも助からない」
恍惚な表情を浮かべ、嬉しそうに宣言するアンティカ。
(人の風上にもおけない)
ティナはギリッと唇を噛み締める。
アンティカは勝ち誇ったようにティナを見つめていると、胸元から一本の短剣を出てきた。
「私は先に逝きます……ユリウス様、愛しております。永遠に二人だけ……邪魔のいないの世界へ参りましょう」
言っていることは狂気じみてるが、愛おし者を見つめる優しい表情を浮かべている。
「貴方達の悔しがる姿が見れないのが唯一の心残り」
そう言うと、持っていた短剣を高々と掲げた。
「待っ──!!」
ゼノの言葉を遮るようにして、躊躇なく心臓目掛けて一突きした…
ドサッとその場に倒れたアンティカの元に、レイモンドが慌てて駆け寄る。
「おいっ!!死ぬな!!あいつにかけた呪いを解け!!」
「ふふ……ざ…んね…ん……ね……」
そう微笑むと息絶えた。