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第40話

 ユリウスはすぐさま城へと運ばれた。


「国中の魔術師をかき集めろ!!」

「こんな症状見た事がない……」


 怒号と悲観する言葉が入り混じり、瞬く間に緊迫感と緊張感がその場に張り詰めた。ユリウスの状態は徐々に悪くなっていて、ゼノの見立てだと持って数分か数時間…


 こんな時、何も出来ない自分が不甲斐なくて、怒りすら湧いてくる。


「ティナ」


 ギルベルトが優しく肩を抱いてきた。


「大丈夫だ。あいつは強い。お前を残して逝かない……逝くはずがない」


 ギルベルトは真っ直ぐにユリウスの姿を瞳に映しながら強く言い切った。抱きしめる手に力が込められて痛い。いつもなら、ティナを気遣って力加減には気を付けているが、そこまで頭が回っていないと見える。それほどユリウスの事を思っている証拠。


「……お嬢さん。旦那の傍にいてあげて」


 汗を額に浮かべ、疲れ切った顔をしたゼノに呼ばれユリウスの傍に寄った。周りにいる魔術師達の表情も疲れ切っていて険しい顔で見ている。


 これだけの状況を見れば、言われなくても分かる。……手の施しようがないという事だろう。


 ゼノは「ごめんね」と一言だけ伝えると、その場にいる全員を部屋から出し、ユリウスと二人きりにしてくれた。


 苦しそうに息を吐くユリウス。その息も随分と弱々しくなった。時間がない……


「何よ…なに死にそうになってんのよ……」


 震える声で言う。まだ、泣くな。そう思いながら……


「まだ言い足りない事あるのよ?散々私の事振り回しておいて、許さないんだから。なんか言ったらどうなの?」


「お願いだから、なんか応えてよ…!!」我慢していた涙が絶え間なく溢れだしてきた。縋るようにユリウスの寝ているベッドに顔を埋めて懇願する。


「……ティナ……」

「!!」


 弱々しい声が耳に届いた。


「あなた……が無事で……よかった……」


 掠れるような声で必死に伝えてくる。


(こんな時まで私の事……本当、馬鹿なんだから)


 文句の一つでも言ってやりたいのに、出てくるのは嗚咽ばかり。そんなティナを見かねたユリウスは、力の入らない手を伸ばし、頭を撫でようとしてくる。


「なか……ない……で」


 伸ばされた手を握りしめ、必死にユリウスの名を呼ぶ。ユリウスは嬉しそうに微笑み、口を動かしている。


「…………」

「なに!?聞こえない!!」


 その声は小さく、うまく聞き取れない。


「ちょっと待って!!ゼノを呼んでくる!!」


 ティナが立ち上がろうとしたが、それをユリウスが止めてきた。その目は最期を看取って欲しいと訴えるているようで……


「なによ……なんなの!?私を離さないんじゃなかったの!?散々婚約破棄しないって言ってたじゃない!!私は貴方の婚約者なんでしょ!?このままじゃ、私、お嫁に行けなくなっちゃうじゃない!!」


 嗚咽混じりに訴えるが、ユリウスは困ったように微笑んでいるだけ。その笑顔も次第に薄れてきた。


「しっかりしてよ!!私をお嫁さんにしてくれるんでしょ!?」


 ティナは何とかユリウスの意識を持たせようと頑張るが、ユリウスの意識は混濁状態で目も虚ろ…


「──ッ」


 どうしようもない。ゼノに謝られた時点で分かっていた。それでも、この人が死ぬなんて考えられない。想像すらつかない。


 涙でぐしゃぐしゃの顔にユリウスの手が優しく触れた。まるで宥めるように涙を拭いているが、とめどなく溢れる涙は拭いきれない。


「……ユリウス様……」


 ティナは無意識のうちに、ユリウスの唇に自分の唇を重ねていた。


「!?」


 唇を重ねた瞬間ゾワッと全身の毛が逆立つような、全身が氷で覆われたような寒気と言うか…なんとも言えない感覚に襲われた。驚いて目を見開いてみると、ユリウスの体を這うように蠢いていた呪文が薄れている…


「なっ!?」


 思わず唇を離し、頭を上げた。──が、その頭を掴まれ、無理矢理唇へと持っていかれる。あまりにも一瞬の事で、抵抗する間も無かった。


「ん!?んんんんんんッ!!!!!!」


 必死に引き離そうとするが、ビクともしない。その力はとても死に際の者とは思えない。


 ご丁寧に舌まで絡めてこられて、ティナはパニック寸前。


 時間にして数秒…いや、数分。体感的には数時間…ようやく開放された時には、ティナの呼吸は乱れ頬は赤く染まり、瞳に一杯の涙を溜めながら呆然としていた。


「ふぅ…助かりました」


 先程まで息絶え絶えだったはずのユリウスが、髪を掻きあげながら体を起こしている。


「な……」んで!?と続けようとしたが、感じたことの無い安堵感にペタンと腰が抜けてしまった。

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