奇抜な訪問者──オウル・アイボリーは此度の作戦が上手くいかない気がしてならなかった。
(ラトリスに悪の商人に扮してほしい、と言われた時は明確なヴィジョンがあったんだ。奇抜、自信家、大胆、美女をはべらせてる、それらが必要であると。でも、準備を進めるとコレジャナイ感が増した。原因は明らかだった。俺は前世知識から、映画のなかの悪のカリスマを目指していたのだ。奴隷取引の邪悪な響きが俺をおかしな方向へ走らせてしまったのだ、すまん、許せ)
少しずつおかしくなっていく歯車は、しかし、オウルの力ではもう止められなかった。支持者たちが、キラキラした目で彼を見つめだしてしまったせいだ。
「おじちゃん、すごい‼」
「これは間違いなく悪い商人、だね」
「流石は先生、これほど邪悪な商人はいないね‼」
「悪党同士は惹かれあいます。この悪党っぽさで間違いないです」
「オウルさんは悪への造詣が深いのですが。その恰好、振舞い、アイディア、すべてが天才的です」
寄せられる期待、感心、尊敬──。
ゆえに師は「そう、だろう……?」と、引きかえせず期待に応えた。心のなかで顔を両手で押えながら。自分は何をしているのだと嘆きながら。
オウルが笑顔を張りつけたまま固まっていると腕のなかのラトリスがしなだれかかり、赤い耳をぴょこぴょこと動かした。「ダーリン、つまらないわ、もっと楽しいところに行きましょうよ~」と、甘えた声をだす。見事なまでに悪のカリスマの愛人であった。
「え、ええっと……」
受付嬢は訪問者たちの『濃さ』に気圧されながらも、ギルドの顔として、動揺を見せることはなかった。「こほん」咳ばらいをひとつ、気を取り直して変なやつらに応じる。
「ようこそ、ホワイトコースト商人ギルドへ。リーバルト様にお会いしたいと?」
「あぁ、そうだよ、一番イケてる商人のリーバルトだ。彼に会いたいのだが?」
「えっと、まずはお名前をお伺いしてもよろしいですか、ミスター」
「構わないが? オウル……いや、ポウルだよ、ポウル・アイボリーだ。帝国海を越えて、ルーボス大陸はミヌースから遥々やってきたのさ。知らない?」
「あぁ……申し訳ございません、存じ上げません」
「そう? それは残念だ!」
言ってオーバーリアクションに天を仰ぐ訪問客。
「えーっと、ご用件をお伺いしてもよろしいですか、ミスター・ポウル」
「そりゃあ、商談さ。商人が2人集まってそのほかに何をするというんだい?」
受付嬢は「ですよね」と言いつつ、メモに訪問者と要件を書き留めた。
「商談内容を簡易的にお伝えいただけると、リーバルト様が対応しやすくなると思われますが」
「そうかぁ……なら、そのメモを少し借りても?」
オウルは受付嬢からメモを受け取り、ペンもつまむように奪うと、ササッと書き足した。
メモを返された受付嬢は一瞬固まった。表情こそ変えなかったが。
紙面には「獣人(狼)、氷人族、暗黒の秘宝」と書き加えられていた。
「君、くれぐれも内密によろしく頼むよ、このポウルから、リーバルト殿へ」
「リーバルト様へのメモを作成いたしました。また明日、こちらへお越しください。都合によってはリーバルト様がお会いになられない可能性もありますが……たぶん、大丈夫でしょう」
オウルは笑顔を張り付けたまま、満足げにうなずく。そのサングラスの下で受付嬢の顔を品定めでもして、値段でもつけているかと思うほどじーっと見つめつつ、うなずきを繰り返している。
受付嬢は居心地が悪くなって「どうされました?」と聞いた。オウルは丸型サングラスの位置をずらす。その視線は受付嬢ではなく、彼女の後ろを見ていた。
「さっきからずっといるのだが。彼がリーバルト?」
受付嬢はハッとして背後を見やる。数メートルの後ろ、カウンターの奥の柱の影、壁によりかかるようにしながら、煙草を吸っている男がいた。
初老の男だ。白い長髪に立派な髭。商人らしからぬ筋肉質な体型。屈強な体を押しこめているのはピチピチのジャケットとスラックスだ。帽子をおしゃれに斜めて被っており、顔の上半分が隠れるようにしている。帽子の影から鋭く一眼の視線をとおし、オウルのことを見つめていた。
「驚いた。私に気づくとは」
煙草をくわえた伊達初老はスラックスのポケットに手をつっこんだまま受付嬢のすぐ後ろまでやってきた。その眼差しでカウンター前にいる奇人としか形容できない男を見つめる。
伊達初老は「ふむ」と何か納得したようにすると、今度はオウルがはべらせている狐族の娘に視線をむけた。綺麗な娘であった。目鼻の整った顔立ちに優美な眼差し。艶々した赤い髪に、ふわふわの耳、健康的な白い太ももの間からはモフモフの赤い尻尾が揺れていた。
今度はオウルと彼女の背後、トランクを持っているマントを羽織った少女をへ意識を向けた。通りを歩けば男たちが感嘆をつきながら振りかえる容姿の持ち主だ。
(相当な面食いだな、この男)
伊達初老はそんなことを思いつつ、ポケットに突っこんでない方の手を受付嬢の顔のあたりで広げる。「よこせ」と言外にいっている所作だ。受付嬢は慌てて今しがたのメモを差しだした。
伊達初老はひったくるようにメモを奪うと、顔の近くまで持ってきて、オウルに注いでいた視線を、彼から離すのが惜しいかのように、チョロっとだけ下へ向けて紙面をあらためる。
伊達初老は口元に笑みを浮かべ、納得した風にメモを丁寧におりたたみ胸ポケットにしまった。
「私がリーバルトだ。ミスター・ポウル、取引の話がしたいようですね。歓迎しますよ」
伊達初老──リーバルトの握手をもとめる手。オウルは怪しげな笑みを張りつけたまま、その手をとり、固く握手をかわした。オウルは内心で思う。
(上手くいくんかい。この服装がウケたのか? あれ? 間違えてなかった?)
他方、本物の商人はただならぬものを目の前の変なやつから感じ取っていた。
(この服装、この振舞い、この笑顔、この陽気、この自信、そして私に気づく注意力とこの硬い手……私の商人としての勘が言っている。ポウルという男、只者じゃない、と)
リーバルトは品定めする眼差しで舐めるようにミスター・ポウルという男を計っていた。
視線を切り、仕立てのよいジャケットのポケットから懐中時計を取りだした。時間を気にする素振りを見せたあと「失礼、このあと予定がありまして」と言葉をつづけた。
「私の屋敷のほうで商談がありまして。相手は大手なので遅れるわけにはいきません。ですが、あなたともぜひ話をしてみたい。どうですか、ミスター・ポウル、私の屋敷にいらっしゃってそこで商談をするというのは。そこでなら私の時間も融通が利きます」
「まさか二等商人殿が招待までしてくださるとは。光栄だよ、ミスター・リーバルト」
リーバルトが指を鳴らすと付き人がサッと登場した。腰に剣を差しており、ベルトには銃がはさんである。用心棒であった。「では、いきましょう」自然な笑顔でリーバルトは言った。