「私にはとてもノウハウがない。恐らくあなたは調教分野において遥か先にいます」
「調教分野……?」
「そうとぼなくともいいですよ、ミスター・ポウル」
「いや、そうじゃなくて、何の話をしているのだか……」
困惑するオウル。リーバルトは至極真剣な表情で見つめつづける。真摯に。誠意をもって。分野の先端を走るこの男へ懇願するように。やがて彼は誠意が足りないのだ、と思い至った。
「なるほど、そういうことですか。確かに筋が通っている。欲しいものだけねだるのは子どもすること。私たちは商人でしたね。価値があるのならば取引しなければならない」
「ふーん、まぁ、そういうことだよ……(訳:話の流れが見えんのだが)」
頬を高揚させるリーバルト。
慣れた手つきで懐中時計をとりだして時間を確認する。
「初対面とは思えない。我々はずっと昔から友だったようにさえ思えます。同好の士、ミスター・ポウル、地下室へ案内します。私のコレクションをお見せいたしましょう」
奴隷商人についていき客室をあとにする一行。何重にも施錠された扉を開け、さらにその先で扉を開けて、ようやくたどり着いた空間は、暗く汚れた地下室ではなかった。ホテルの廊下のように立派だ。左右には部屋が並んでいる。異様なのは扉がすべて鉄格子になっていることだ。
鉄格子の向こう側には、十分豪華な部屋が広がり、そこには子供がいた。獣人だった。オウルには獣人への知見があったので、閉じ込められているのが猫人族だとすぐにわかった。
「可愛らしい子だ。して、ミスター・リーバルト、これは?」
オウルはたずねる。
表情からは笑みが消えていた。
「私のコレクションですとも。そちらは奴隷商である証をすでに見せている。腹の内を見せてもらったのならば、こちらも共有しなければ真の信頼関係は築けませんから。これが誠意です」
(なるほど。奴隷商である証を見せて、運命共同体になろうというわけだ)
地下室の案内ツアーがはじまった。鉄格子さえなければ金持ちの子供部屋に見える。でも、子どもたちは皆、暗い表情をしている。その異様さが、空間の贅沢さとあわさって不気味だった。
廊下の真ん中に立てば、そんな異質な子供部屋が左右にズラリと並んでいるのが見える。廊下の一番奥には扉があった。オウルは施錠されたその扉を指差して「これは?」とたずねた。
「ただの裏口ですよ。港と商品奴隷を保管している牢に続いています。この屋敷は奴隷を運びいれやすくするために、地上ではないルートを複数もっています。これはそのひとつ」
リーバルトは自慢げに「レバルデスに密告されると困りますから」と笑みを深める。
(ミスター・ポウルに私が信頼できる商人だと示したい。運命共同体だ。どちらかが当局に咎められれば、もう片方の足を掴んでひきずりおろされてしまう。商売には何よりも信頼が大事。こと奴隷取引はパートナーがへまをしない抜け目ない人間であることは必須条件だ)
リーバルトとしては格上の商人に、自分がデキる人間だというアピールのつもりだった。オウルはちいさくため息をつき、再び表情に笑みを取り戻す。悪党の笑顔を。
「素晴らしいですな、ミスター・リーバルト。これでレバルデスの目を誤魔化すのですか」
「これだけじゃないですとも。細かいノウハウが私にはたくさんあります。レ・アンブラ王国での立ち回りも深く心得ています。私ならあなたが奴隷をおろす先として最適ですよ」
「やはり、あなたを選んで正解だったようだね」
「ホワイトコーストの奴隷商で私以上の選択肢はありません。保証します。特に珍しい種族であればあるほど、物好きの顧客情報もたくさんあります。同好の士たちのコミュニティにも素早くアクセスできるでしょう。このリーバルトならね」
オウルはこめかみをトントンする。
思案しているのだ。どのタイミングがいいか。
目的のためは特定の情報を引きださないといけない。その大事なカードを切る時、それは踏みこむ時だ。オウルは沈思黙考の末に「(今なら自然な話題転換だ)」と本題へと切りこむことにした。
「ミスター・リーバルト、ひとまず僕は獣人と氷人を売りたいのだが。とても綺麗な子たちだ。これはビッグビジネスになる。可能ならオークションを開いて値をつりあげたい」
「なるほどなるほど、かなり自信があると。高級な奴隷かは種族と顔で判断できますが……」
リーバルトはオウルの背後へ視線をやる。
オウルも同じように眼差しを送った。
ゼロは緊張した様子で一歩前に進みでると、フードをそっと脱いだ。白玉の肌、幼さの残る顔つき、額の宝石が露わになる。リーバルトは見るからに表情を一変させた。
「どうだい、彼女が氷人族だ。世にも珍しいだろう? 獣人でも十分に価値があるだろうけど、この氷人族は比べ物にならないほどに稀少価値がつくはずだ」
オウルは両手を掲げて、歯茎まで剥くほど笑みを深めた。まるでとっておきを見せて、心の底からはしゃいでいる子どものように。
(ゼロの種族は稀少とのことだ。であるならば、ゼロ自身を踏み絵に使える。さて、どうなる?)
オウルは笑顔を張り付けたまま相手方の反応を待った。ゼロのほうも表情ひとつ変えない。自分のことを凝視してくるリーバルトのことをひたすら見つめかえしていた。
奴隷商人は目を細めて遠くを見やる。
深い記憶を探る旅に出ているようだ。
「その額の宝石……氷人族で間違いなさそうですね」
「どうされた、ミスター・リーバルト、あまり驚いていらっしゃらない様子だが?」
「いえ、驚いていますとも、ミスター・ポウル。ただ、私は氷人族の取引は初めてじゃないだけなのです。あの娘はおおきな取引になりましたとも。いまだ鮮明に記憶に残っているほどに」
ゼロは眉根をピクッとさせた。
オウルは表情を崩さず「ほう」と関心と感心を示した。