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第77話 シャルロッテ vs ラトリス

 さらなる追撃。容赦がなさすぎる。

 帽子を押さえながら床のうえで無様に後転し、どうにか姿勢をとりなおす。顔をあげる。シャルロッテへリーバルトの護衛が掴みかかっていた。


「貴様、リーバルト様の客人へなにをする‼」

「執行妨害は罪にあたりますよ」


 厳粛な声による警告。

 用心棒は構わず拳を振りぬく。


 シャルロッテは真正面からそれを掴んでとめた。その行為が用心棒を刺激したのか、彼は諦め悪く、膝蹴りをお見舞いしようとした。シャルロッテは肘を打ちおろして、用心棒の膝を砕いて迎撃した。「ぐぁあああ⁉」悲鳴があがる。それだけにとどまらず彼女は用心棒の襟をつかんで床にたたきつけた。


 叩きつけられた身体がバウンドして俺のほうへ勢いよく向かってきたので、俺は頭を伏せて避けた。背後でまた「ぐあぁ‼」という悲鳴が聞こえた。今度は貿易会社の商人が巻き添えをくらったようだ。人間の重さをぶつけられてこちらも一撃で失神している。当たれば俺がそうなっていただろう。恐ろしいことだ。


 使用人が叫び声をあげて逃げていくなか、俺は丸型サングラスを放り捨てた。


「シャル、落ち着け。久しぶりだな。俺のこと覚えてるか?」


 空気が変わった。動揺を感じる。よかった。サングラスがなければ流石に気づいてくれるか。ちょっと恐かった。外しても気づかれなかったら流石に悲しい、と。


「そういうことですか……どうりで凌がれるわけです」


 シャルロッテは落ち着いた表情に戻り、深く息を吸ってはいた。


「先生、お久しぶりです。生きている噂は聞き及んでいました。まさかこんな形で再会できるとは思いもしませんでしたが……いろいろとお尋ねしたいことがありますが、ひとまずはこちらの犯罪者を連行する必要があります。どうかご協力ください」


 シャルロッテは倒れているゼロをチラッと見やる。


「それなんだが、その子を連れていかないでくれないか?」

「なぜです?」

「情状酌量の余地があるからだ」

「では、その説明は社で聞くことにします。先生がそこまで肩入れする理由も社で聞きます」

「先生! この堅物エルフを説得するのは不可能です。考えを改めてるとこ見たことがないです」


 ラトリスは不満げにいって眉根をひそめた。それに対してシャルロッテは目元に影を落とし、侮蔑に近い視線でラトリスをキリッと睨んだ。


「こいつはルールがどうとか、平等がどうとか、そんなことばかり言って。結局は暴力に頼ってみんなからすっごく嫌われてて。それで余計、拗ねて不和をばらまく。最低のカスです‼」

「無法狐が私に説教ですか? いいご身分ですね。いつもみんなに迷惑かけて、先生を困らせては、迷惑をかけた分を謝ってもらっていたのに。あと私は別に嫌われてなかったです」

「迷惑をかけてたのは愛情表現よ。あとあんたは嫌われてたわ。話が通じないもの」

「話にならないです。この議論にも意味がない。昔の話をいまさら持ち出しても不毛です。大人になったらどうですか、ラトリス。無駄に成長したのは体だけですか?」


 双方一歩譲らない攻防。あぁ、この感じ、懐かしい。昔からこのふたりは馬があわなかった。


 ラトリスは昔から不良気質だった。真面目に無法者を目指していた。道場の食糧庫をあさったり、外で喧嘩をしてきてはボコボコにして怪我させたり、漁師の仕掛けた罠を壊してみたり、寄港した商船から物を盗んできたり、それはもうやりたい放題だった。


 一方、シャルロッテはいわば警察だった。アイボリー道場にはラトリスを筆頭にいたずらな子たちがいたのだが、そういう子を取り締まるのがシャルロッテだった。「先生の顔に泥を塗ることはゆるされないです。同門として恥ずかしい」「クズは破門にします。私が」とか言って、俺がこんな性格だから、甘やかしてしまうところを、シャルロッテが代わりに注意してくれていた。


「犯罪者の逃亡援助もまた罪ですよ、無法狐。まったく、海賊になるなんて。あれほど止めたのに。結局は悪の道に落ちましたね。いつかこうなると思ってましたけど」

「うるさい、別に悪になんか落ちてないっての。どっちかといえば堕落したのはそっちよ。今ではレバルデスの忠犬じゃない。わんわん‼ ばうばう‼ ずいぶん出世したみたいだけど、どうせわたしたちみたいな冤罪者をたくさん絞首台に送って築いたキャリアなんでしょ」

「根も葉もない批判。論ずるに値しません。客観的にみて、どっちが世のため、人のためになっているか、議論の余地はないと思いますけど。オウル先生、その無法狐と一緒にいたら百害あって一利なしです。モフモフだけが唯一の取り柄。どうぞこちら側へ」


 澄ました顔でそういうシャルロッテ。

 ラトリスは額に青筋を浮かべて飛びかかった。


 シャルロッテはラトリスに取りつく隙を与えず、空飛ぶ狐をキャッチ、飛びかかった勢いのままに放り投げ、壁に叩きつけた。べちーん‼ っとけっこうな勢いでぶつかった。痛そうだ。


「いっだぁ⁉」


 ラトリスは苦悶の声を漏らす。


 シャルロッテは満悦の表情で、手をパンパンッと叩き、一仕事終えたように微笑む。


「愚かなり、無法狐。執行妨害に数えておきますね。どんどん罪状が増えていきますね」

「先生、この堅物エルフ、意地悪に磨きがかかっています……‼」

「負けたからって先生に泣きつくのは卑怯者のすることですよ。きゅええ、きゅええ、先生、助けてえ。あなたは先生に頼らないと昔からなにもできない愚か狐です」

「いや、まだ投げられただけだから‼ 負けてないわ‼ 勝負はこれからよ‼」


 ラトリスは尻尾の毛をぶわーっと逆立てたてて、眉をピクピクさせて威嚇した。

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