突然始まったモリ投げ大会。
自然とマトに定められた方向から、酒場で飲んでいた男たちが慌てて退散する。
リンドールの仲間は緊張の面持ちで尖った先端をそれらしく構えて、投げた。自信がまるで感じられない動き。迷い。不安。所作から滲み出ている。
モリは山なりの軌道でふんわり飛んで、空中で横向きになり、握り手の部分が柱にべちっと音を鳴らして命中。刺さるとか以前の問題だ。
「話にならん」
一蹴するエイブル。
周囲の野次馬たちがゲラゲラと笑う。
「こんなのいきなりやれったって無理だ! 俺たちは海賊だぜ、漁師じゃねえ!」
「言葉まで三下じゃな。いいか、お前がモリをまともに投げられるようになるまで、勝手に練習してもらって構わん。だが、わしはそんなものを待つつもりはない。できないのなら、出来る奴を探すまで」
エイブルはモリを拾いながら「それに」と付け加える。
「わしはモリの投擲をみれば、そいつのたいていの素質は見抜ける。その意味でもおぬしは何の見込みもない。ついでにいえば、海賊としても見込みなしじゃ」
再び周囲が湧いた。
辱めを受けた男を顔を赤くし、拳を握りしめ震わせる。
「くっ、このじじい、好き勝手いいやがって! くそ、てめえら、笑うんじゃねえ」
「みっともねえ、さがってろ」
「うっ、リンドールさん、すみません……」
部下の船員の代わりに、一歩前にでたのはリンドールだ。周囲の笑い声もいくらかちいさくなる。
彼は鋭い目つきで仲間を笑い男たちを睨みつけ静かにさせる。白い長髪を耳にかけ、端正な横顔をのぞかせ、エイブルよりモリをひったくるように奪った。
「俺たちゃ海賊。舐められてちゃメンツが立たねえ。決める時は──一発で決めるもんだッ」
鋭い投擲。
放たれるモリ。
客の退散した机にぶっ刺さる。
発泡酒の注がれた木杯が吹っ飛び、盛大にこぼれた。
酒場の男たちがどよめいた。
息を呑む者、口笛を吹く者。
「すげえ、なんつー迫力だよ」
「あんな速度でモリを投げれるのか!?」
「普通に上手くねえか」
ダーツボードのかかっていた柱こそ外したが、その威力たるや目を見張るものだ。狙った場所に投げようとしすぎたり、上手に投げれるか怖気づいていたら、ああしたダイナミックな投擲はできない。
胆力ってやつだろう。モリなんか投げたことないだろうが、それを一発で決める胆力。意思の力と言い換えてもいい。
「ふん、まぁ、当然じゃな、これくらいはやってもらわんと話にならん」
「エイブル、俺のパーティで鯨は仕留める。もう答えは出ただろう」
「いいえ、まだよ」
そう言って、エイブルの筒籠からモリを勝手に取り出すのはラトリスだ。
彼女は舌なめずりし、尻尾をクルクルとまわすように振る。あれは緊張している時の尻尾の動き!
強く握りしめる手。
モリを肩越しに構え、振りかぶり、投げた。
火の香り。発火。一瞬、周囲が赤色に照らされる。
モリは名手の一矢の如くまっすぐ飛翔。
酒場の机にぐさりと命中。
勢いのあまり机を貫通して、床に到達する。
「なにぃ!?」
「すげえ……!」
「あんだよ、あの怪力」
ざわざわ。ざわざわ。
ラトリスの赤いモフモフ尻尾もリラックスの動きに変わった。
「なんだ、思ったより簡単ね!」
「狙いは荒いがこの威力。素晴らしいじゃないか、モフモフのラトリス」
エイブルは愉快げに顎をしごく。
皆に褒められてラトリスはご満悦だ。
「ねえねえ、あたしにもやらせてよ!」
今度はクウォンがモリを手に取った。
狙いを定めて、いざ投擲。
モリは瞬間的に酒場の壁に到達。
壁に風穴を穿ち、外に飛び出していった。
「ええぁああ!?」
「なんだあのデカ女!?」
「化け物か?」
それまでとはリアクションの大きさが違う。
騒然とした群衆は一斉に席を立った。
「ちょっと! なに勝手に投げてるのよ! あんたが投げたらわたしが霞むじゃない! この馬鹿狼!」
「ラトリス、意地汚いところがでてるよ、名声独占狐を許すな! がうう!」
「船長をたてるのが船員の役目よ! きゅええ、尻尾ひっぱらないでよ……!」
「ふーんだ、いっぱい引っ張ちゃうもーん!」
狐と狼は取っ組み合い、至近距離で威嚇しあい始めた。尻尾を掴まれてしまったラトリスがすでに劣勢に追い込まれて……あぁ、クウォンにモフモフされちゃってる。ラトリスは屈辱の表情だ。
一方、エイブルは目を丸くして、壁に空いた穴に呆気に取られているようだった。野次馬たちは酒場の壁に近づいて、外の様子を見て騒いでいる。
「あの娘っ子は……魔力の覚醒者。にしても、これほどとは。馬鹿げた威力じゃな……こほん。よかろう。どいつもこいつも荒さはあるが、攻撃力は十分。『モフモフ海賊』。おぬしらなら頼れそうだ。依頼を任せるとしよう」
俺は手元の酒と塩漬け肉に意識をもどす。
向かいでは「あの狼の子、凄い! ラトリスよりパワーがあるなんて!」と猫娘ミケが感動していた。クウォンの偉大な膂力は、まさに共通言語。それを披露するだけで何人をも魅了するらしい。