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第87話 無双のモリ投げ

 突然始まったモリ投げ大会。

 自然とマトに定められた方向から、酒場で飲んでいた男たちが慌てて退散する。


 リンドールの仲間は緊張の面持ちで尖った先端をそれらしく構えて、投げた。自信がまるで感じられない動き。迷い。不安。所作から滲み出ている。


 モリは山なりの軌道でふんわり飛んで、空中で横向きになり、握り手の部分が柱にべちっと音を鳴らして命中。刺さるとか以前の問題だ。


「話にならん」


 一蹴するエイブル。

 周囲の野次馬たちがゲラゲラと笑う。


「こんなのいきなりやれったって無理だ! 俺たちは海賊だぜ、漁師じゃねえ!」

「言葉まで三下じゃな。いいか、お前がモリをまともに投げられるようになるまで、勝手に練習してもらって構わん。だが、わしはそんなものを待つつもりはない。できないのなら、出来る奴を探すまで」


 エイブルはモリを拾いながら「それに」と付け加える。


「わしはモリの投擲をみれば、そいつのたいていの素質は見抜ける。その意味でもおぬしは何の見込みもない。ついでにいえば、海賊としても見込みなしじゃ」


 再び周囲が湧いた。

 辱めを受けた男を顔を赤くし、拳を握りしめ震わせる。


「くっ、このじじい、好き勝手いいやがって! くそ、てめえら、笑うんじゃねえ」

「みっともねえ、さがってろ」

「うっ、リンドールさん、すみません……」


 部下の船員の代わりに、一歩前にでたのはリンドールだ。周囲の笑い声もいくらかちいさくなる。

 彼は鋭い目つきで仲間を笑い男たちを睨みつけ静かにさせる。白い長髪を耳にかけ、端正な横顔をのぞかせ、エイブルよりモリをひったくるように奪った。


「俺たちゃ海賊。舐められてちゃメンツが立たねえ。決める時は──一発で決めるもんだッ」


 鋭い投擲。

 放たれるモリ。

 客の退散した机にぶっ刺さる。

 発泡酒の注がれた木杯が吹っ飛び、盛大にこぼれた。


 酒場の男たちがどよめいた。

 息を呑む者、口笛を吹く者。


「すげえ、なんつー迫力だよ」

「あんな速度でモリを投げれるのか!?」

「普通に上手くねえか」


 ダーツボードのかかっていた柱こそ外したが、その威力たるや目を見張るものだ。狙った場所に投げようとしすぎたり、上手に投げれるか怖気づいていたら、ああしたダイナミックな投擲はできない。


 胆力ってやつだろう。モリなんか投げたことないだろうが、それを一発で決める胆力。意思の力と言い換えてもいい。


「ふん、まぁ、当然じゃな、これくらいはやってもらわんと話にならん」

「エイブル、俺のパーティで鯨は仕留める。もう答えは出ただろう」

「いいえ、まだよ」


 そう言って、エイブルの筒籠からモリを勝手に取り出すのはラトリスだ。


 彼女は舌なめずりし、尻尾をクルクルとまわすように振る。あれは緊張している時の尻尾の動き!


 強く握りしめる手。

 モリを肩越しに構え、振りかぶり、投げた。

 火の香り。発火。一瞬、周囲が赤色に照らされる。


 モリは名手の一矢の如くまっすぐ飛翔。

 酒場の机にぐさりと命中。

 勢いのあまり机を貫通して、床に到達する。


「なにぃ!?」

「すげえ……!」

「あんだよ、あの怪力」


 ざわざわ。ざわざわ。

 ラトリスの赤いモフモフ尻尾もリラックスの動きに変わった。


「なんだ、思ったより簡単ね!」

「狙いは荒いがこの威力。素晴らしいじゃないか、モフモフのラトリス」


 エイブルは愉快げに顎をしごく。

 皆に褒められてラトリスはご満悦だ。


「ねえねえ、あたしにもやらせてよ!」


 今度はクウォンがモリを手に取った。

 狙いを定めて、いざ投擲。


 モリは瞬間的に酒場の壁に到達。

 壁に風穴を穿ち、外に飛び出していった。


「ええぁああ!?」

「なんだあのデカ女!?」

「化け物か?」


 それまでとはリアクションの大きさが違う。

 騒然とした群衆は一斉に席を立った。


「ちょっと! なに勝手に投げてるのよ! あんたが投げたらわたしが霞むじゃない! この馬鹿狼!」

「ラトリス、意地汚いところがでてるよ、名声独占狐を許すな! がうう!」

「船長をたてるのが船員の役目よ! きゅええ、尻尾ひっぱらないでよ……!」

「ふーんだ、いっぱい引っ張ちゃうもーん!」


 狐と狼は取っ組み合い、至近距離で威嚇しあい始めた。尻尾を掴まれてしまったラトリスがすでに劣勢に追い込まれて……あぁ、クウォンにモフモフされちゃってる。ラトリスは屈辱の表情だ。

 一方、エイブルは目を丸くして、壁に空いた穴に呆気に取られているようだった。野次馬たちは酒場の壁に近づいて、外の様子を見て騒いでいる。


「あの娘っ子は……魔力の覚醒者。にしても、これほどとは。馬鹿げた威力じゃな……こほん。よかろう。どいつもこいつも荒さはあるが、攻撃力は十分。『モフモフ海賊』。おぬしらなら頼れそうだ。依頼を任せるとしよう」


 俺は手元の酒と塩漬け肉に意識をもどす。

 向かいでは「あの狼の子、凄い! ラトリスよりパワーがあるなんて!」と猫娘ミケが感動していた。クウォンの偉大な膂力は、まさに共通言語。それを披露するだけで何人をも魅了するらしい。

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