ミケの奢りを平らげて、気分良くリバースカース号に戻る。
ちょうどタラップの上で、ラトリスとクウォンと鉢合わせた。
大きなモフモフたちの後ろには、緑と桃のちびモフも追従している。
「あっ、先生、ちょうどいいところに! 実はですね、先ほどわたしの活躍により、総報酬3000万の大きな仕事をとってこれたんです! 褒めてください!」
「オウル先生、ラトリスは嘘をついてるよ! 見て、浅ましい尻尾の動き!」
クウォンはムッとして、赤いモフモフ尻尾をむぎゅっと握りこんだ。
「きゅええ……っ」
「これは嘘をついてる時の尻尾だね~!」
敗北した赤狐は狼にモフモフされまくる。
微笑ましい光景だが、当の本人は悔しそうだ。
「おじちゃん、凶暴な怪物を倒すんです! おじちゃんの剣技の出番なのです!」
「船長がおじいちゃんの力を世に轟かせるのにうってつけだって言ってた、けど」
「申し訳ないけど、剣じゃ鯨はやれないと思うぞ」
「ええ? そうなの~?」
「世界最強の剣士でも? クラーケン倒したのに」
「期待を裏切って悪いな」
残念そうにするセツとナツを撫でくりまわしてなだめる。
「先生、白鯨討伐のことご存知だったんですか?」
「さっき酒場の二階にいたんだ。そこで見てたよ。モリ投げたよな」
「オウル先生、あたしね、凄く注目されちゃった~」
「あぁ見てたよ、クウォンは流石だな~」
「わたしもエイブルに感心されてましたよ!」
「ラトリスも凄かったな~」
尻尾が左右にゆれる二名は、尊大に腕を組んで自己主張し、けれど隣の友を許せないのか、「がうがう」「きゅええ!」と威嚇しあっている。
「あんたが酒場の壁に穴を空けたせいで、ギルドから修繕費を払うよう言われたんだからね! 少しは反省の色を見せたらどうなの、馬鹿狼!」
ラトリスが懐から取り出したのは、折りたたまれた紙。
紙面には口座の管理者、持ち主、預金額などが記されている。
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【管理口座資産】7,090,200シルバー
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その文字だけはスッと入ってきた。
確か750万シルバーくらいは預金があったはず。
50万シルバーほど金額が減ってるだろうか。
「あたしのおかげで白鯨討伐を手に入れたんだからいいじゃん!」
「反省の色が見えないのがイライラするのー!」
「えい」
「尻尾掴まないでよ! きゅえ!」
あぁまたモフられちゃったねぇ。
「こほん。お前たち、どこかいくつもりだったんじゃないのか?」
わちゃわちゃしている四名にそう言うと、彼女たちは思いだしたように動き始めた。俺は尻尾たちについていくことにした。
「エイブルに呼ばれたんです。武器を事前に融通するとかで──」
賑わっている港の端っこ、俺たちの停泊している位置から、数十分の船着き場にやってきた。ヴェイパーレックスの渦潮と呼ばれるこの群島には、いたるところに船が停泊しているが、多くは海賊ギルドの近場に集結している。
なので、この離れた位置にまで、普段は足を運ぶことはない。
船が密集している港、その一角にほかの船を寄せ付けないような大きな船が横たわっている。舷側にいくつも穴が見受けられ、マストも折れている。大破という表現が正しいだろうか。もう二度とあれで出航することはできないだろう。
大破した船のそばの埠頭、物資が積み上げられている。
エイブルがひとり、懸命に運びだしていた。
彼はこちらに気づくと、額の汗をぬぐい、肩で息をする。
「来たか、モフモフ海賊。子供もいるのか」
「私たちは立派な海の戦士なのです!」
「舐めないほうがいい、かもね」」
桃狐は腰に両手をあてて胸を張り、緑狐は澄まして腕を組む。
エイブルは目をパチパチさせちいさくうなる。
「むう。まぁいい。子供はともかく、そっちの娘たちは良い戦士なのはわかっているしのう。あとひとりは……あんたもできるのか?」
「オウル・アイボリーだ。よろしく、エイブル。あんたの暴れっぷりは見てたよ」
俺とエイブルは軽く握手をかわす。
「モリは?」
「たぶん投げられないか。やってみるけどさ」
「頼りにならなそうな男じゃのう。覇気でわかるわい」
「よく言われるよ、それ」
「先生に失礼なこと! オウル先生こそ、クラーケンを剣の奥義でやっつけた世界最強の剣士なんだから! 見ててよ、白鯨だってね──」
「ラトリス、いいから、よしよしよし」
押さえ込んで頭を撫でれば、ラトリスは満足そうになって大人しくなった。
どうせ鯨を三枚におろすとか言い出すんだ。勘弁してほしい。
「剣では鯨は殺せない。よく覚えておけ」
エイブルは呆れた風に、俺の腰に差してある刀を指差した。
「この物資をお前たちの船に積んでもらいたい。縄に金具、タルにモリと酒だ。食料は腐ってるから運びこまなくていいじゃろう。使えそうなものがあるなら持っていくといい」
エイブルの船からの運搬作業が始まった。
リバースカース号と大破した船を二往復したくらいで、俺は疲れて、埠頭に座りこむ。休まず動き続けているじいさんに「あんた、どうして鯨なんかに復讐をしようってんだ」と声をかけた。
彼はこちらを見ながら、質問には答えなかった。
無視かよ。怒ったかな。
そんなことを思ったくらいで、彼は口を開いた。
「最初にあの化け物に襲われた時、船員20名と運んでいた商人やら聖職者やら、あわせて10名くらいが死んだ。二度目に襲われた時、足を失った。三度目、こちらから出向いた時は目を失った。どの鯨を殺してもいいというのなら、わしは迷わずあいつを殺すのう」
「捕鯨があんたの生業?」
「それで財を築いた。まぁ得るばかりじゃあない。鯨のせいで多くを失い、先月こうしてホエールブレイカー号まで失い、ほうほうのていで帰ってきたわけじゃからのう」
エイブルは拳を震わせて告げると「作業に戻ろう」と低い声でいった。
三日後。
リバースカース号は再び出航した。
海賊ギルドに来月の返済日分のお金まで納め、行動制限をとりはらって向かう先は南ルーボス海ホワール島だ。
貿易会社によれば航海
もっともそんな触れ込みは3000万の報酬のまえでは、冒険を彩る刺激的なスパイスにしかならないのだが。