エイブルはリバースカース号をまじまじと見渡した。
その視線が甲板を掃除するモフモフの姉妹に戻っていく。
「どうりでこの人数で船を動かせる」
「凄いよな。魔法って。感動の毎日だよ」
お湯が出たり、野菜が育てられたり。海水を飲み水にかえることもできるし、船が成長することだってできるんだ。
「子どもを乗せている船はまま見たことある。ずいぶん綺麗な服を着させているが、あの子どもたちは奴隷か?」
予想外の言葉が飛び出した。
「たぶん、違うんじゃないかな」
「曖昧じゃのう。知らないのか?」
「確認したことがないってことさ。俺が船に乗った時には、もうあの子たちはうちの船を掃除してた。奴隷かどうかなんて聞かないだろ、普通」
言われて思ったが、奴隷の可能性はあるのかな? ラトリスは無賃労働させてるらしいけど。双子は「お小遣いを要求します!」と訴えているようだが。
少し考えて、それはないと結論ずく。あの子に限ってありえない。
「子どもの船乗りなぞ、たいていはろくな背景を持っていないものじゃ。にしても料理人のほうが後輩なのか。意外じゃ」
「俺は先日から船に持ったばかりだ。まだ半年くらいかな?」
「その見た目でか?」
「まぁ多少、歳はくってるが。あんたに比べたらまだ若者だろう?」
「そんなに変わらんじゃろう、娘どもと比較すれば。はぁ。まったく。この船は不思議なことばかりじゃな。獣人まみれなうえに、年端のいかない娘ばかりときた。綺麗なお人形まで乗っておる。そして、ピカピカに磨かれた二門ばかりの砲。老いた料理人。まったくわけがわからんわい」
エイブルはお手上げとばかりに肩をすくめた。
「リバースカースはそういう船なんだ。少しずつ馴染めばいいさ。あんたは他人の船は慣れていないのだろうし」
「あぁそうかもしれんのう。もうずいぶん、ほかの船なぞ乗っていなかった。だから、きっとこんな気持ちなのじゃ」
「あんたの船のことは残念に思うよ。ホエールブレイカー号だったか」
「我がすべてよ。半生をともにした」
「そうか。なら、ホエールブレイカー号に」
「ふん」
エイブルは口元を歪め、酒瓶をたてた。
俺はコツンっと自分の酒をぶつけあわせる。
「この美しい船とあの娘たちが、わしのホエールブレイカー号のようにならないことを願おう」
「そうはならない。うちの子たち……ラトリスにクウォン、凄い実力を見ただろう?」
「頼りにしておるぞ。モフモフ海賊よ」
その時、クウォンがササッと後部甲板から降りてきた。
「鯨ハンターさん、はい、これ~」
藪から棒にクウォンは、エイブルにモリを渡した。
それは潮にさらされて錆びついて、フジツボがくっついてる。
ホエールブレイカー号からリバースカース号に運びこんだ捕鯨道具だ。
「これは、どういう意味じゃ?」
「磨いて! ラトリスが私だけにやらせようとしてくるんだ! 鯨ハンターさんも手伝って!」
「どうしてわしが……依頼主じゃぞ? わしはあの怪物の死ぬ瞬間を見届けるためだけに乗っているだけにすぎん」
「でも、船の一員でしょ? 船の一員なら仕事しないとだよ。サボるつもり?」
俺は内心でややヒヤヒヤだった。
クウォンは目を丸くして首をかしげる。
エイブルはちいさくため息をついて「まぁ、そうじゃのう」と渋々とモリを受け取った。
「船には船のルール、か。よかろう。おぬしらは何も知らない青二才じゃ。空っぽの頭にやり方をよく詰め込むといい。こうやってモリは手入れするんじゃ」
「ふむふむ、へえ、流石は鯨ハンター、手に慣れてるね!」
エイブルは少し得意げな表情をする。
「ふん。当然じゃ。驚くことは何もない。……料理人も手伝わんか」
「え? 俺も?」
「戦闘要員でないのなら、パーティの成功のため、サポートに力を注ぐべきじゃないのか?」
「あぁまぁ、そうっすねぇ」
先日、モリを投げた感じ、あんまり役にたてなそうだったしなぁ。モリ投げもまたひとつの『道』だ。ラトリスやクウォンのような英雄の才覚を持っているなら、なんでも上手くやるんだろうが、俺には無理だ。才能のない一般人にとって、新しい道で活躍するには多くの時間が必要なのだ。
こうして出航初日、クウォンとエイブルとともに、非戦闘要員の俺は、モリ磨きに精をだすのであった。