悲しい気持ちで日曜日を過ごした。
喫煙ルームでよかったなあって、タバコをくゆらせる。
喉がいがらい。
瞼が温重いのは、煙が染みるから。
ホテルに入る時にコンビニで買いこんだものは、冷蔵庫に突っ込んだままでほとんど減っていない。
減ったのはタバコくらい。
夜中にロビーでひと箱買い足した。
迎えた朝、こりゃあ仕事になんねえなって、ホテルの電話からまかきゃらやにかけて留守電に欠勤を伝えた。
オレは、どうしようもない。
これからのことを考えなきゃいけないのに、どこから考えたらいいのかさえ分からない。
わかっているのは、自分の部屋に戻っちゃいけないってことだけ。
ぼんやりと、時間を過ごす。
チェックアウト時間の電話がフロントからかかってきて、延泊を頼む。
あと一晩。
タバコ、最後の一本に火をつけて、スマホの電源を入れる。
着信拒否はしたけど、どうなってるのかなって。
画面にはやっぱりたくさんの履歴があって、どうしたものかとため息が出る。
電源を落とそうとした時、手の中でスマホが震えた。
もうどうでもよくなって通話ボタンをタップする。
「はい」
『なっちゃん?! よかった、通じた! 今どこにいる? 無事?』
すごい勢いで聞こえてきた声に、驚いた。
「……要さん?」
『うん、そうだよ……なっちゃん? ね、今、なにしてるの? どこにいる?』
「…かなめ、さん……」
「あーあ、すっかりヨレヨレになっちゃって……かわいいなっちゃんが台無しだよ」
ホテルに足を運んでくれた要さんは、オレに気を使って、フロントから一報を入れてから部屋に来てくれた。
扉を開けて顔を見た瞬間に、困ったように笑って、オレの髪をぐしゃって撫でた。
「すいません」
「しかもすっかり燻製されてるし……」
「燻製?」
「この狭い部屋でどれだけタバコ吸ったの? 空調、全然役に立ってないよね」
オレの髪の匂いを嗅いで、目の下を指で撫でる。
ああ。
煙くさくて燻製ね。
狭いビジネスホテルの部屋。
オレをベッドに座らせて、要さんは備え付けの椅子に腰かける。
「まあ、とりあえず、無事で良かったよ。金曜から連絡つかないし、今日は休むし、気が気じゃなかった」
「すいません」
「声もガラガラだし……なにがあった?」
問いかけられて、答えに詰まる。
なんて答えるんだよ。
元カレから逃げてましたって、要さんに言うのか?
「すいません……」
答えられないだろ。
小さく詫びを言ってうつむいたら、要さんの手が視界に入った。
膝の上に置いたオレの手にそっと重ねられる、要さんの手。
「なんてね。聞いた」
「え?」
聞いた?
聞いたって、なにを?
誰に?
「もう、大丈夫だよ」
「要さん?」
要さんの手は、身長に見合っていてオレの手より一回り大きい。
そっとオレの手を両手ですくいあげて、包み込む。
大事にそっと、あたためるように。
「時間が取れたら飲みに行こうって約束したから嬉しくて、やっと時間が作れて、『なっちゃんとデートだ』って年甲斐もなくワクワクして、連絡取ろうとしたらスマホもメールも通じないだろ」
優しい声で、要さんがとつとつと話す。
「ひとり暮らしだっていうのは聞いていたから、何かあったら大変だろって言い訳用意して、気になって職権乱用で住所調べてさ、部屋に行ってみたら、留守だし、変な男が部屋の前で居座ってるし」
「え……?」
居座ってって……山内さんに、会ったっていうこと?
「会ったの?」
「山内って人なら、会ったよ。何をしてるのかって、彼の言い分も聞いた」
そんな。
ぐって喉の奥が詰まる。
山内さんの言い分って。
目の奥が熱くなる。
要さんの手の中からオレの手をひこうとしたら、ぎゅっと握られた。
「それで、勝手かなって思ったけど……」
言葉を止めて、要さんがオレの目の奥を探るように覗き込んだ。
それから、こつんって、額をあわせる。
「『なっちゃんは俺のだから、二度とウロチョロするな』って、殴っちゃった」
「へ?」
予想外の言葉が聞こえて、変な声が出た。
「な、なんて? 殴った? え? どういうこと?」
「だからさ、あの男、すごく不愉快だったから『なっちゃんは俺のだから、二度とウロチョロするな』って、殴っちゃったんだよ」