誰かが、俺を呼ぶ声がする。
「
目を覚ますと、そこは知らない場所だった。
塩辛い海風が頬を打つなか、男の声によって意識が引き戻される。
最初に視界に入ったのは、青い海だった。
なぜこんなところにいるのかわからないが、俺は断崖の上に立っているらしい。
強烈な海風によって、衣服の袖が激しくはためく。
そこで、自分がなぜか武士のような装飾を着ていることに気が付いた。
──なんだ、これは?
もしかして、夢でも見ているのか?
たしか、さっきまで会社で残業をしていたはず。
毎日のように長時間の残業を続けたため心身ともに疲れ果てていたし、寝落ちしてしまったのだろうか。
だけど夢にしては、この潮風の香りはあまりにもリアルだ。
それに、目の前にいる謎の人物が、夢の中の人間とは到底思えなかった。
──誰だ、あの子?
赤髪の美少女が、俺を見ている。
しかもどういうわけか、その女の子は捕まっているらしい。
崖の先端に、X字型の木の杭が立っている。
その杭に、赤い髪をした少女が縛り付けられていた。
しかも、どういう意味があるのかわからないが、少女の体には何枚もの札が貼られている。
儀式的な何かを連想させてしまうな、不可解な情景だった。
そう思ったところで、横にいる誰かから声をかけられる。
「
声のしたほうへと首を向けると、僧侶のような格好をしている男が俺のことを睨んでいた。
気のせいかもしれないが、俺のことを『皆本殿』と呼んでいるように聞こえた。
さっき『若!』と呼んだ男とは違う声だが、俺を誰かと勘違いしているのだろうか。
「なにをしておる! さっさとその娘を浄化しろ!」
「浄化? 浄化って、いったい何の話だ?」
「早くその刀で悪しき女を浄化し、遺体を海に突き落とすのだ!」
「まさか、この刀で……?」
俺は、両手で握っている刀へと視線を移す。
どういうわけか、俺は刀を持っていた。
しかもこの坊主は俺に対し、この刀を使って少女を殺すよう命令しているらしい。
なんで俺が、この子を殺さなくちゃいけないんだ?
もしかしてこの子は、犯罪者かなにかなのか?
そもそも、俺はなぜこんなところにいるのか。
ここはどこだ?
早く仕事に戻らないといけないのに──
「うっ……あ、頭がぁ……」
頭が割れるように痛い。
必死に頭を押さえると、情報の渦が濁流のように脳内に溢れてきた。
──な、なんだこれは?
まるで走馬灯のように、見知らぬ映像が駆け巡る。
知らない記憶が、次々と俺に流れ込んできた。
──わ、わかった、ぞ。
この記憶は、この体の前の持ち主のものなんだ。
この体の持ち主の名前は、
ここは、日本の
皆本守は、そのなかにある
そんな偉い身分の人間の体に、どうやら俺は入ってしまっているらしい。
転生したというよりは、精神が憑依しているのだろうか。
なぜこんなことになってしまっているのか皆目見当がつかないが、この不可思議な現状については理解できた。
皆本守は、この世界における四大王国の中で最大勢力である蒼霞国の王族に連なる一族だ。
まだ18歳と若いが、国主である父親によって国の東端を守る潮見城の領主に任命されたばかりになる。
とはいえ、領主になったとはいってもその事実、辺境へと左遷されたと言ってもいい。
たびたび奇行を繰り返していた皆本守に対して、国主はお怒りだったのだろう。
そんな新しい領地に訪れたばかりの皆本守は、さっそく仕事をすることになった。
それが、罪人の処刑。
悪しき存在である“みこ”を、ちょうど処刑をしようとしている最中だったようだ。
この赤髪の美少女の正体は、“みこ”。
“みこ”とは、この世界では邪悪で不吉な存在だとされている少女のことを指す。
「なにを呆けたように固まっておる! この世界のために、早く“みこ”を浄化しろ!」
さっきから俺に“みこ”を殺すように怒鳴っているのが、教団の僧侶だ。
この僧侶が、今回の“みこ”の処刑を取り仕切っている。
頭に浮かんでくる情報は、それだけではない。
最初に『若!』と呼ばれたが、あれはこの城の領主である俺のことだった。
さっきから後ろのほうで俺のことを『若!』と呼び続けているのが、皆本守の幼馴染であり家老の
そしてなによりも理解したくなかったことは、俺はこの潮見城の城主として、目の前の女の子を殺さなくてはならないことだ。
「皆本殿、さあ! “みこ”を浄化し、
僧侶が再び声を上げる。
その背後には大勢の武士や僧侶、そして領地の民衆が群がっていた。
全員が「“みこ”を殺せ!」「“みこ”を浄化しろ!」と叫んでいる。
──俺は、本当にこの子を殺さないといけないのか?
現代日本の会社員だった俺には、とても耐えられない状況だ。
改めて、“みこ”と呼ばれる少女へと目を移す。
赤髪のこの少女は、中学生くらいに見える。
いたって普通の女の子。
殺されるような悪いことをしたわけではない。
ただ教団に“みこ”だと認定されてしまったがゆえに、邪悪な者と決めつけられ処刑されようとしているのだ。
しかも、まだ子どもじゃないか。
殺されるような犯罪をしたわけでもないのに、杭に縛られて命を散らそうとしているのなんて、あんまりだ。
──こんなの、絶対におかしい。
彼女の瞳からは、絶望の感情が読み取れた。
何も悪いことをしていない無実の女の子を殺すなんて、間違っている。
そこで赤髪の少女の横に、何かが浮かんで見えることに気が付いた。
先ほどまでにはなかった文字が、まるでゲームのように現れる。
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みこの資質:炎
近接戦闘力 C (→ A)
遠隔戦闘力 D (→ B)
俊敏力 C (→ A)
最大魔力 C (→ S)
学習能力 D (→ S)
成長力 C (→ S)
親密度 D
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「なんだ、この文字は?」
まるで、ゲームのパラメータのようだ。
内容的に、ステータスのように思える。
「もしかして、俺はこの子の能力値がわかるのか?」
他人のステータスを見抜く力。
よく異世界系の漫画とかである『鑑定スキル』というやつだろうか。
この体の持ち主である皆本守に、特別な能力はなかった。
つまり、これは俺だけに身についている力。
異世界に転生した際に、皆本守の知識と一緒に『鑑定スキル』を手に入れてしまったようだ。
見たところ、左側にある能力値が現状の能力値のように思える。
矢印の後の数値は、その能力がどの程度まで成長可能であるかを示しているのだろう。
「でも、おかしいぞ。あの子以外、誰もステータスが出ない」
周囲にいる人間に視線を移しても、能力は出現しなかった。
この『鑑定スキル』のような能力があの子にしか効かないというよりも、あの子だけが特別な能力を持っているため、ステータスが見られたということだろう。
なにせ目の前の少女は、あの“みこ”なのだから。
「皆本殿、なにをボソボソと独り言を喋っている。早くその“みこ”を浄化するのです!」
僧侶の
このまま
いくら城主とはいえ、教団にはそう簡単には逆らえない。
それに“みこ”を殺すことは、この世界では何もおかしいことではない。
“みこ”を捕縛し、処刑する。
そうすることで、この体の持ち主である皆本守は、この土地の教団から認められるはずだった。
そんな理由のために、この子を殺すことなんてできない。
それにこの少女には、『鑑定スキル』で見た特別な力がある。
このまま死なすには惜しい。
どうにかして、この子を救う手立てはないのか……?