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第2話 “みこ”の少女

そうだ、良いことを思いついた。

記憶によれば、この体の前の持ち主である皆本みなもとまもるは『奇行きこう』で知られている。

そのせいでこんな辺境の地へと流されてきたのだから、この土地にいる誰もが皆本守の奇行の噂を知っているはずだ。


なら、それを利用すれば——



「へへっ」



不敵な笑みを浮かべながら、俺は刀を振りかぶる。


周囲からの声が、さらに強くなった。

誰もが、俺がこのまま“みこ”を斬り殺すことを疑っていない。


しかし、俺の刀は観客たちの予想外の方向へと向かう。


俺が狙うのは、“みこ”ではない。

彼女の自由を奪っている、あの縄だ。


刀を一閃し、少女を縛る縄を斬り落とす。

そのまま少女は、地面へと倒れ込んだ。


「なっ!」と、僧侶が驚きの声を上げた瞬間、俺は大きく宣言する



「この“みこ”は、俺のものだ!」



僧侶をはじめとした群衆が凍りつくなか、俺は“みこ”を担ぎ上げる。

少女は小さく何かを発しているようだったが、周囲の騒然とした声によってかき消された。


この場に長居するつもりはない。

僧侶の怒鳴り声を無視しながら、足早に城内へと向かう。


だが、すぐに家老の津田つだ伝助でんすけが追いついてきた。



「若! それは教団の“みこ”——」


「うるさい! 俺はこの娘が気に入ったんだ、だから俺がもらう!」



皆本守という人間は、時折こういった奇行をする困った男だったようだ。

そのイメージを利用しながら、俺は高らかに笑いながら歩みを進める。


後ろでは僧侶が怒号を上げているが、誰も俺を止めようとはしない。

それは俺が、この城の領主だからだ。



──凄いな、この体。まったく疲れないぞ。


子どもとはいえ、女の子を一人担いで歩いたというのに、力が有り余っている。

武家として育ったこの体は、現代日本の会社員とは比べられないくらい強靭な肉体を持っているようだ。


とはいえ、このまま担いで自分の部屋に戻るわけにはいかない。


城に戻ると、手近な部下に“みこ”の少女を預けることにする。



「この娘は、俺の女だ。俺以外の誰にも渡すなよ」


「かしこまりました。若君のために準備を万端にしておきます」



不敵な笑みを浮かべる部下に違和感を覚えたが、今はそれどころではない。

自室に戻った俺は、ようやく緊張の糸が切れ、床に崩れ落ちた。



──もしかしたら、俺は大変なことをしたのかもしれないぞ!



冷や汗が背中を伝う。


いくらなんでも、教団に逆らって“みこ”を奪い取るような真似をするのはマズかったかもしれない。


もしもあの僧侶が、俺のことを“みこ”の仲間だと言っていれば、俺も一緒に殺されていたかもしれないからだ。


それだけ、俺は危ない橋を渡ったことになる。


だけど、後悔している場合ではない。

この状況を打開する方法を考えなければ。



とにかく、記憶を整理しよう。


この体の持ち主である皆本守は、いわば王族だ。

父である国主は五人の子を持っている。


長男は、武勇に優れた将軍。

次男は、表向きは静かだが裏では野心に満ちた陰険な男だ。

そして三女は、何事にも動じない強い意志を持った女傑。


この三人はみな、皆本守のことを嫌っており、隙あらば排除しようとしている。


唯一、妹だけは俺に対して敵意を抱いていない。

幼い妹のことを、皆本守はよく可愛がっていたようだ。


そんな俺を含めた五人の子どもには、それぞれ領地が与えられ、とある重大な事を命じられている。



『三年以内に誰が領地をうまく治めることができたかを見定め、その者を後継者とする』



つまり、後継者争いだ。


国主である父の発言により、兄弟の争いは表面化し、激化していった。

そんななか、皆本守の奇行が、父の不興を買ってしまったらしい。


その結果、この体の持ち主は、荒れ果てたこの辺境の地へと送り込まれてしまった。



「どうやら、思ったよりも状況は悪いみたいだな」



こんな辺境の領地では、後継者争いにおいて不利な立場となる。

兄や姉に敵視されているこの状況がさらに悪化すれば、こんな小さな領地はすぐに吹き飛んでしまうだろう。


それに、危ない状況は、なにも後継者争いだけではない。


俺は、どういうわけか皆本守になってしまっている。

もしも俺の正体が皆本守ではないとバレたら、どうなってしまうか想像できない。



残業続きのブラック企業で頑張った結果が、こんな戦国時代みたいな異世界への転生だとしたら笑えない。

しかも、知らない人間の体に憑依しただけでなく、兄姉から命を狙われているときたもんだ。


──俺はまだ、死にたくない。



「まずは正体がバレないよう、この奇行の多い領主としての役を演じ続けるのが先決だな」



皆本守になりきることができたら、次は後継者争いの件だ。


兄や姉たちは、ライバルを消そうと考えるはず。

その最初のターゲットが、忌み嫌っている俺である可能性は高い。


国主である父の命令は絶対だ。

後継者争いを下りるという選択肢はない。


仮に他の兄姉たちが跡取りになった場合、邪魔者である他の兄弟を始末することも考えられる。


だから俺がこの皆本守として生き続けるには、なんとしてでも後継者争いに勝つ必要があるのだ。



「なんとか逆転のチャンスを見つけないといけないな」



目的は決まった。


この体の主である皆本守のフリをしながら、後継者争いに勝利するために領地運営に力を注ぐ!



そう心の中で決意したところで、扉の外から声が聞こえる。



「若、津田伝助でございまする」



津田伝助──たしか、処刑場にいた家老の青年だ。

そして、この体の持ち主である皆本守の幼馴染でもある。



この城において、皆本守のことを一番理解している人物だろう。

つまりそれは、俺の正体を看破する可能性が、最も高い人物であるということになる。


そんな危険極まりない人間が、俺に会いにきた。


──さあ。ここからが、正念場だ。



皆本守になりきって、絶対にこの世界で生き延びてやる!

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