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第3話 教団と“みこ”

わか、さきほどのあの行動は、さすがに浅はかにございます」


津田つだ伝助でんすけは部屋に入って来るなり、俺に説教を始めた。

その姿は、家老というよりも若君の教育係のように見える。


「“みこ”は必ず処刑されねばなりません。さもなくば教団の怒りを買うことになります」


──教団か。


この体の持ち主である、皆本守の記憶が呼び起こされる。


教団は、“みこ”を邪悪で不吉な存在だと定めている。

“みこ”の力の源が、海の向こうから大陸に侵入してくる『荒魔こうま』に由来するものだと主張しているからだ。


しかし──



「なあ伝助。なぜ“みこ”は邪悪なんだ?」


「それは、教団がそう言っているからでして」



そう、教団が言っているだけだ。


“みこ”が悪である証拠は、どこにもない。

他の人間と“みこ”の違いと言えば、彼女たちが特別な力を持っていることくらいだ。


先ほどの『鑑定スキル』で目にした彼女の『みこの資質:炎』というステータス。

それが彼女の特別な力のことなのだろう。


だが、その力以外は普通の女の子にしか見えなかった。

他所の世界から来た俺にとって、“みこ”というのは教団から迫害されているだけの存在に映る。



「世の中には、都合のいい嘘を振りまいて、人を支配しようとする奴らがいるもんだ」


「わ、若! それはあまりにも不敬ですぞ!」


慌てる伝助に対し、俺は軽く手を振った。


「この場には俺とお前しかいない。いつから伝助は、教団の人間になったんだ?」


「そ、それがしは、若の忠実なる部下にござりまする」


「そうだ、伝助は俺の家老で幼馴染。いつも俺のことを諭そうとする面倒くさいお目付け役だが、いざというときは真っ先に俺のことを守ろうとしてくれていた」


「わ、若……?」



頭に眠る津田伝助の記憶を呼び起こしながら、俺は立ち上がった。

床から一段高くなっている上段の間からあえて下りて、伝助の目の前に座り直す。


すると、思っていた通り、伝助が慌てふためき出した。


「若は、この潮見の城主でございます! 部下である某とこのように近づいて座っては、領主としての威厳が……」


「いい。俺が許す」



この世界は、日本の戦国時代に似た異世界だ。

だから城主と部下が、目の前に座り合うことは普通であればありえない。


だが、奇行で有名な皆本守であれば、それも納得できるというもの。

とはいえ、伝助はどうしていいかわからないといった心情だろう。


そんな慌てふためく伝助に追い打ちをかけるように、ポンッと彼の肩に手を置いた。



「俺が“みこ”を助けたのには、理由がある」


「理由で、ございますか?」


「俺たちはこの潮見城に来たばかりだ。赴任して早々に教団の言いなりになっていては、城主としての面目が潰れるだろう?」


「だからといって、いきなり処刑を中止されるのは……」


「教団は、俺たちに何かを隠している気がする。だからあそこまで“みこ”の処刑に拘っているんじゃないか?」


「たしかに、教団はいつも高圧的で、我々に対しすべて打ち明けるようなことはしませんが……」


「それはつまり、俺たちに知られたくない、何かがあるっていうことだ」



歴史を見れば、こういうことはよく行われていた。

中世ヨーロッパの魔女狩まじょがりが良い例だろう。


力を持った宗教組織により、悪となる者が捏造され、そして処罰される。

そうして敵を排除するたびに、組織は中心力を得て力を増していくのだ。



「“みこ”を処刑するたびに、民衆の意識は国主である我が皆本家から、教団へと移りつつあるのではないか? それこそが、教団の真の狙いかもしれない」


「……若が教団にそのような警戒心を持たれていたとは知りませんでした。たしかに国主一族である皆本家よりも教団が力を持つことは、言語道断でございます」



津田伝助は納得したようにうなずいた。

だがすぐに、キリッとした目つきのまま声を上げる。



「ですが、いま“みこ”を処刑しないのは危険でございます。若は、『血塗ちぬれのみこ』という組織をご存知でしょうか?」


「なんだ、それは?」


「“みこ”を武器として扱う組織のことでございます。その『血塗れのみこ』の痕跡が、この潮見城しおみじょうの近くで見つかったと密偵から報告がございました」


「『血塗れのみこ』とこの状況に、なんの関係があるんだ?」


「そやつらは、処刑されるはずだった“みこ”を奪い取りに現れるようです。あの場で“みこ”を処刑しなかったとなると、この潮見城を『血塗れのみこ』が襲撃する可能性があるのでございますよ!」



──“みこ”を使って、暗躍する謎の組織か。



「お恥ずかしいことながら、我が潮見の領地は荒れ果てたままであり、城も脆弱でございます。そんな状況で『血塗れのみこ』に攻められでもしたら……」



なるほど『血塗れのみこ』か、面白い。

教団の言いなりにならずに、“みこ”を処刑しないのが気に入った。


彼らは、この世界の人間のように、教団の洗脳を受けていない。

それだけでなく、“みこ”が持つ特別な力を利用しようとする、合理的な考えを持っているのだ。


“みこ”には、特別な力があるという。


教団曰く、その力こそが邪悪なものなのだというが、俺にはそうは思えない。


“みこ”の力は、むしろ人々の役に立つ能力のように感じる。

たとえば、先ほどの少女を『鑑定スキル』で見た際に書いてあった『炎』という能力。

もしも彼女が炎を操る力を持っているのだとしたら、それは何者にも代えられない個性のはずだ。


そして、その特別な力のせいで、あの子は“みこ”として処刑されそうになっていた。  



なんだか、気になってきた。


  ──そもそも、“みこ”とはいったい、どういった存在なんだ?

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